HOME > 連載 > 麻倉怜士のまるごと好奇心 > 66回 マランツの最新SACD/CDプレーヤー「SA-10」の凄い中身とは?(前編)
2016年11月 7日/麻倉怜士
ディーアンドエムホールディングスより、マランツブランドのフラッグシップとなるSACD/CDプレーヤー「SA-10」が発売された。本機の最大の話題は、独自開発D/Aコンバーター「MMM」の採用。入口から出口までを自社で作り上げた強力なモデルとなっている。音質担当は、これまで長くマランツ・サウンドを手がけてこられた澤田龍一さんに代わり、新サウンドマネージャーの尾形好宣さんが担当。前編である今回は、マランツ試聴室を訪れた麻倉さんが、本機の開発エピソードや特徴の数々を尾形さんに直撃した。(編集部)
麻倉 まず、尾形さんのバックグラウンドから教えてください。
尾形 私は1995年、弊社がまだ日本マランツだった時代に入社しまして、CDプレーヤーの電気設計グループに配属となりました。最初に手がけたのはCD-17という薄型のCDプレーヤーです。その後SACD/CDプレーヤーの高級モデル、SA-1など多くのモデルの設計に関わり、2001年に商品企画へ異動。ここではオーディオだけでなく、DLPプロジェクターの企画なども担当することになりました。
麻倉 映像の方もやられていたのですか? それは少々意外です。
尾形 実は当時、麻倉先生にDLPプロジェクターの商品説明をさせていただいたこともあります(笑)。企画に6年間在籍した後、2007年より3年間、マランツアメリカに駐在しました。2010年に帰国した後は商品企画に戻ってアプリを担当し、2012年からはその開発を。昨年、澤田の後任ということでお声がけいただき、澤田と行動を共にしながら、サウンドマネージャーのノウハウを勉強しました。
麻倉 今日は澤田さんも同席いただいていますが、澤田さんがサウンドマネージャーの後任として尾形さんを指名されたのはなぜですか?
澤田 彼がオーディオマニアだからです(笑)。2000年当時、自宅でB&W Nautilus 802を使っていて、一時期はリアスピーカーにNautilus804を組み合わせていた時代さえありましたから筋金入りです。彼がアメリカに駐在中、メールで「802Diamondの音はどうだ」と聞いてきたんです。それで「もちろんいい音だよ」と返信したら、なんとその後アメリカで802Diamondを買ってしまった(笑)。
尾形 アメリカで取引のあったお店が安く売ってくれると言うので、思わず買ってしまいました(笑)。現在も自宅ではこの802Diamondを使っています。
麻倉 それは素晴らしい(笑)。本当のマニアですね。
麻倉 それでは今回の本題であるSACD/CDプレーヤー、SA-10の説明をお願いします。
尾形 はい。SA-10の開発に至る背景として、近年のマランツの代表的なCDプレーヤーを紹介させてください。まず、CD-7というSACD以前の最後のフラッグシップCDプレーヤーがありました。1998年のモデルで、私も設計チームとして関わったモデルです。
このモデルで初めてオリジナルのデジタルフィルター、つまりD/Aコンバーターの中に入っているものではなく、外付けとして別個のデジタルフィルターを搭載しました。以降、高級ラインのSACD/CDプレーヤーや、ネットワークオーディオプレーヤーにはこの技術が応用されています。
麻倉 なるほど。
尾形 一方、2006年のSA-7S1というモデルがありまして、最近までこの試聴室のリファレンスとしても使用していたSACD/CDプレーヤーですが、このモデルで初めてデジタルアイソレーターというものを採用しました。
麻倉 これは具体的に、何と何をアイソレート(分離)する機能ですか?
尾形 デジタルのオーディオ信号が入ってきた時に、それを電気的に分離し、D/Aコンバーターの直前でノイズをカットするという機能です。
麻倉 これがその後のNA-11S1といったネットワークオーディオプレーヤーにも採用されているわけですね。
尾形 そうです。NA-11S1ではDACでなくPCからのUSBタイプB入力の直後に採用しています。SA-10では、DAC部とUSBタイプB入力部にダブルで搭載しています。そして今回は、オリジナルのD/Aコンバーターに初めてトライしたモデルになります。
麻倉 はじめにデジタルフィルター、次にアイソレーターときて、ついに中枢部にまで手が入りましたね。
尾形 はい。ディスクプレーヤーではまず「メカエンジン」でディスクが読み取られ、その後「デジタルフィルター」「D/Aコンバーター」「アナログステージ」と信号が流れます。従来のマランツのSACD/CDプレーヤーは、このうち「メカエンジン」「デジタルフィルター」「アナログステージ」のフローに関して、自社オリジナルを実践してきましたが、「D/Aコンバーター」のみ“買い物”でした。
麻倉 これまではフィリップスのDAC7やシーラスロジック製など、外部から調達してきたものを使っていたと。
尾形 ええ。順を追って補足させていただきますと、「メカエンジン」はマランツとして、かれこれ10年ほど自社でやっております。「デジタルフィルター」は先ほどご説明したCD-7以来、上級モデルに関してはほぼ搭載しております。「アナログステージ」も当然自社でやっており、オペアンプを使わずディスクリートでアナログ回路を組んだものを採用し続けています。そんな中「D/Aコンバーター」に手を入れることで、初めて入口から出口までを自社でまかなったプレーヤーとなったわけです。
麻倉 しかし業界的にもDAC部分はどこかのチップを買ってくるのが半ば当然とされています。ここを自社でやるのはたいへん珍しい、というより勇気のある試みですね。
尾形 ご存知の通り、マランツは以前、フィリップスのグループ会社でした。DACはフィリップス内のアプリケーションラボが設計をしていたのですが、そこに在籍したライナー・フィンクという技術者がCD-7のデジタルフィルターを開発しました。
彼は先ほど麻倉先生のおっしゃったDAC7などのビットストリームDACの開発担当でもあり、後にフィリップスからマランツヨーロッパに移籍したのですが、5年ほど前に彼から「オリジナルDACをやらないか」という提案があったんです。
麻倉 なるほど! この人がキーパーソンというわけですね。
尾形 そうです。当時のわれわれは正直、「ディスクリートDACって何?」という感じだったのですが(笑)、「実はD/Aコンバーターって、自分たちでやろうと思えばできるんだよ」という話になり、それならやってみようと始まったのが約3年前です。ものになるまで3年かかりました。
麻倉 フィンクさんは既存のDACの限界、あるいは自分でやることの意義を感じたということですか?
尾形 そうだと思います。以前はいろいろなところがDACを開発していましたが、2000年以降はほとんどがΔΣ(デルタ・シグマ)型のDACになり、開発が活発ではなくなりました。DACというのは言ってみればブラックボックスです。内部でどんな演算をしているかわからない。
しかし基本的にCDの信号は、ΔΣ変調されて1ビット/低ビットになるという結果そのものは同じです。であれば、われわれが自分たちの手の中で演算させ、その演算内容をわかったうえでコントロールした方が理想の音に近づけるのではないかと。そう考えたんです。
麻倉 それは確かに正論ですが、本当に実行に移してしまうところがすごいですね。企業的には「ESSテクノロジーがすでにいいチップを作っているじゃないか」「そんな面倒なことをやる必要があるのか」と判断をしがちな二者択一で、あえてリスキーな道を選択したわけですから。
すべての入力信号をDSDに変換
尾形 それではここから今回のオリジナルDAC「MMM(Marantz Musical Mastering)」についての説明をさせていただきます。われわれは半導体メーカーではないので、もちろん新たな半導体チップを作ったわけではありません。
DSP(デジタルシグナルプロセッサー)と、CPLD(Complex Programmable Logic Device。プログラム可能なデジタル素子)を組み合わせた手法でこれを実現させています。MMMは大きく分けて「オーバーサンプリングデジタルフィルタ」「ΔΣモジュレーター」までの「MMM-Stream」と、「D/Aコンバーター」の「MMM-Conversion」という2つのセクションで構成されています。
SA-10はSACD/CDプレーヤーなので、PCM信号とDSD信号の両方を扱う必要がある。DSDはもともとフィルター回路を通すだけでアナログに戻るという原理で作られたものですので、ここでもシンプルにアナログに戻してやろうと。
麻倉 MMM-Streamの「オーバーサンプリングデジタルフィルタ」「ΔΣモジュレーター」はスルーされるわけですね。
尾形 そうです。対してPCMは「ΔΣモジュレーター」の最終段でDSDに変換します。具体的にはアナログ・デバイセズのDSP素子、SHARCプロセッサー2基でこれらの演算を行なっています。44.1kHzの信号なら11.2MHz、48kHzなら12.2MHzのDSDに変換し、後段のフィルター回路へ送るわけです。
麻倉 マルチビットを1ビットずつ重ねるというのではなく、すべての信号をDSDに変換してしまうんですね。これはディスクリートと言うより、考え方そのものが従来のD/Aコンバーターと違いますね。
尾形 われわれとしましては、いろいろな部品を組み合わせてDACの機能を実現したと言う意味で“ディスクリート”と呼んでいます。
麻倉 なるほど。わかりました。
尾形 そして前段のDSD信号は、先ほどご説明したアイソレーターを経てMMM-ConversionでD/A変換され、アナログ段へ送られます。こちらは3段構成になっており、初段のバッファーおよび2段目のローパスフィルター、3段目の差動アンプのバッファーに高速アンプモジュールのHDAM-SAを採用し、2段目、3段目は電流帰還型アンプで構成しています。
この基板で、D/A(デジタルtoアナログ)変換以前の処理を行なう。具体的には「オーバーサンプリングデジタルフィルタ」と「ΔΣモジュレーター」が搭載され、デジタルアイソレーターを介して徹底的にノイズ相互干渉を減らした状態で次の処理工程へ受け渡される
尾形 まずはユーザビリティという視点から、PCM to DSD変換の際に行なっているさまざまな演算から、今回は代表的な組合せをユーザーに開放することになりました。項目は「デジタルフィルター(1/2)」「ノイズシェーバー(3rd/4th)」「レゾネーター(有/無)」「ディザー(1/2/オフ)」の4つで、それぞれカッコ内の選択が可能です。PCM信号のみの機能ですが。
麻倉 合計で24通りの音の違いを楽しめるわけですね。標準はどういう組合せなのですか?
尾形 「デジタルフィルター:1」「ノイズシェーパー:3rd」「レゾネーター:有」「ディザー:1」が初期設定になります。「レゾネーター」はノイズシェイピングの時のノイズ特性を調整する/しないの選択、「ディザー」は演算精度を上げるための数学的な手法で、1は2より効果が少なめということになります。
麻倉 たとえばESSテクノロジーなどのDACチップを使ってDSDをアナログ変換する場合と、今回のMMMのようにシンプルなローパスフィルターで変換する場合では音質的な差というか、メリット/デメリットがあるわけですか?
尾形 マランツには、ビット補間などは施さない、記録された信号をそのままアナログに戻す、というポリシーがあります。「じゃあなぜPCMをDSDに変換するんだ」という話になるのですが、それは先ほど申し上げた通り、どこでチップを買ってきても、現状はどのみち変換されているからです。であれば、自分たちの手の中で演算させ、それをわかったうえでコントロールしようということですね。CDプレーヤーならそういう方法は取らなかったと思うのですが、SACDのDSDをどうするかという問題がある以上、原理通りシンプルにアナログ変換してあげよう、という発想です。
それと今回音質検討をした際に痛感したのですが、D/A変換後のフィルター部分の出力抵抗やコンデンサーのクォリティが音質に大きく影響します。ここが半導体内部の抵抗でなく、高品位の部品を使うことが出来たのが高音質に寄与しています。
こちらは前段にある基板からの信号を受けて、デジタル信号をアナログ信号に変換するいわばメイン処理基板。アナログ変換回路のほか、HDAMというマランツおなじみのモジュール回路による強力なバッファーアンプ等が搭載されている
麻倉 メカエンジンはSA-10のための新開発ですね。
尾形 はい。「SACDM-3」という新しいメカエンジンを搭載しました。マランツのSACD/CDプレーヤーとしては初めてDVD-ROMの再生が可能となりましたので、DSDディスクと呼ばれるものやデータディスク、たとえば『デジファイ』誌の付録ディスクなども読み込むことができるようになりました。
麻倉 USB DACとしての対応フォーマットはどのようになっていますか?
尾形 USB タイプB入力は、DSDが11.2MHzまで、PCMが384kHz/32ビットまでになります。ただし、USB タイプA入力とDVD-ROMは、DSDが5.6MHzまで、PCMが192kHz/24ビットまでとなります。ネットワーク機能は搭載していません。
その他の特徴としましては、ご時世柄ヘッドホンアンプを搭載しました。どうせ積むなら、ということで、ゲイン切替え機能を持ったフルディスクリートアンプを採用しています。ただ、メイン回路への影響がゼロとは言えませんので、未使用時にはヘッドホン機能をオフにすることができます。
麻倉 やはり音は違いますか。
尾形 違います。当初ヘッドホン機能をオフにはできなったのですが、私の方で必要だと感じて付け加えました。
麻倉 今回はRCA端子が銀色になっていますね。
尾形 これはロジウムメッキではなく、シンプルなニッケルメッキの端子です。B&WからCMS2シリーズというスピーカーが出た時に、突然彼らが金メッキではなくニッケルメッキの端子を採用したんですね。理由を聞くと、多層のメッキは音がよくないと。一般的な金メッキは、下地を塗った上に金メッキを塗っていますから。
今回は純銅の上に直接ニッケルメッキを塗っています。試作をして聴いてみたところ、彼らの言い分通り、こちらの方がよかったんですね。それで量産機にも採用することにしました。フットは無垢棒の削り出しで、従来のダイキャストに比べて響きが綺麗になりました。
麻倉 シンプルに、余計なことをやらないという意味で、いかにも“マランツ的”と言えるモデルですね。次回は実際の音をじっくり聴かせていただこうと思います。引き続き、よろしくお願いします。
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