HOME > 連載 > 麻倉怜士のまるごと好奇心 > 72回 パナソニック ルミックスが歩んだ15年間を事業部長と振り返る(前)
2017年2月15日/麻倉怜士
今年のCES 2017で正式に発表されたパナソニックのデジタル一眼カメラ「LUMIX DC-GH5」。1月8日の【麻倉怜士のCES 2017リポート】では、いち早く山根洋介さん(パナソニックAVCネットワークス社 イメージングネットワーク事業部長)へのインタビューを敢行したが、ここでは昨年15周年を迎えたルミックスブランドの歴史を、同じく山根事業部長に振り返っていただく。デジカメ市場からの撤退を余儀なくされるメーカーも少なくない昨今、いかにしてルミックスは現在のブランド力を築き上げたのか。そこにはさまざまな"偶然"と"必然"が重なり合ったストーリーが隠されていた。(編集部)
麻倉 実は私、ルミックスを一番最初のモデルから取材し、使っているんです。2001年発売の普及機DMC-F7とハイエンド機のDMC-LC5ですね。その後も長く取材を続け、自分では現在DMC-GH4を使用しています。
山根 ありがとうございます。
麻倉 さまざまな切り口を展開してくれるので、新製品が出るたびに注目しているのですが、今日は少し大きな視点でのお話を3つおうかがいしたいと思います。1つめは、どうしてルミックスブランドはデジカメ市場でサヴァイヴすることができたのか。2つめは、スマホで何でもできてしまう時代にデジカメならではの個性をどう打ち出していくのか。3つめは、今後の4Kや6K、8Kの時代にどう対応していくか。
山根 なるほど。どれも重要なポイントですね。
麻倉 まず私がルミックスを使っていて感動するのは、人がやっていないことをやる姿勢です。ニコンやキヤノンが一眼レフというジャンルに軸足を置いているのに対して、ミラーレスを積極的に展開したり、手ブレ補正にも大きな力を注がれている。そしてGH4を使っていて私がもっとも感心させられるのは、テレビの画面撮りです。これは私の職業柄、とても重宝しています。テレビの画面を撮るという点では、世界最高のカメラではないでしょうか。
山根 それは嬉しいご指摘です。
麻倉 いろいろなカメラで撮り比べてみると、ほとんどのカメラはテレビの画面の手前で描写が終わってしまうんです。画面の向こう側にある映像をジャストフォーカスで鮮明に撮ることが難しい。ところがGH4はテレビの中にまで入り込んだ撮影が可能なんです。画面の中の映像の遠近感やフォーカス感までも正確にとらえる。加えて、動画の撮影に対してレスポンスがひじょうに速い。一般の方がテレビの画面を撮るようなシチュエーションはあまりないかもしれませんが、こういったところに技術の高さを垣間見ることができますね。それでは先ほどの3つのポイントをうかがう前に、山根さんの履歴からお聞かせください。
山根 ルミックスが立ち上がった2001年当時、私はパナソニックAVCネットワークス社の研究所に在籍していました。グループとして、デジカメの先行要素開発に関わっていたんです。私の担当はオートフォーカスの信号処理回路の開発で、どうすれば速く高精度に、暗いところでも焦点が合わせられるかということを、ひとり細々とやっていました(笑)。
麻倉 でもそれが素早いオートフォーカスの基礎になった。
山根 はい。当時はムービーの開発に関わったメンバーが多く集まっていました。そして2001年にデジカメ市場に再参入することになったわけですが、すでにその時点で他社に周回遅れどころではない、3周遅れほどの差をつけられていました。
麻倉 私は90年代後半の初代機もみています。そこからどう挽回していったのでしょう?
山根 遅れている、資産もないということは、逆に言えば、失うものは何もない(笑)。しかし当時の中村邦夫社長は「デジカメ市場で3年後に10%のシェアを目指す」という、ある意味で無謀とも思える目標を掲げました。私たちはこれを「全社的に支援するから、これまでの技術や資産を惜しみなく活用して死ぬ気で取り組め」というメッセージだと解釈しました。たとえばムービーの画像処理、手ブレ補正技術などは実際とても役に立ったと思います。私はムービーで手ブレ補正を担当していたのですが、「手ブレ補正をどれだけ弱めるか」がこの技術の極意なんです。ブレをただ抑えるだけでなく、パンニングやチルティングといった動きに対して、どう滑らかに対応するか。その塩梅が手ブレ補正の難しさなんですね。
麻倉 むやみに補正の度合いを高めればいいというわけではないと。
山根 そうです。デジカメの手ブレ補正で重要なのは、ユーザーは映像の中央だけでなく、周辺も見るということです。どれだけ高い精度でピタッと止められるか。それにふさわしいレンズをどう作るのか。
麻倉 なるほど。
山根 信号処理、レンズ、手ブレ補正、オートフォーカスといった要素を担当する技術者が、デジカメ部隊の内部及び周辺に固まっていたこと。そして先ほどもお話ししたように、再参入であるがゆえの度胸やチャレンジ精神。当時のチームには、すべてを注ぎ込んで新しいことをしてやろうというムードが高まっていました。
麻倉 再参入ということですが、それ以前はCOOLSHOTというブランドでデジカメを展開されていましたね。
山根 はい。関係会社などで、1997年から2000年まで販売していましたが、それは結果的に失敗に終わりました。
麻倉 それでもあえて再参入を決めたのは、デジカメの世界、静止画撮影の世界がこれから伸びるという予測が経営陣にあったということですか?
山根 そうだったのだろうと思います。加えて業界的にフィルムの売り上げが落ちていたこと、カシオQV-10の発売以降、コンパクトデジカメが人気だったこと、そして2001年ごろになるとオリンパス、フジ、キヤノンなど各社からさまざまなデジカメが出てきたことなども理由としては大きかったでしょう。それにその時点では、まだトップシェアがころころと変わる状況でした。ですから何かしらの強みを持った製品を作ることができれば、オセロゲームのように趨勢をひっくり返すことができる、という算段もありました。
麻倉 ニコンやキヤノンといったレンズ資産を持っているメーカーはそれが強みであるいっぽう、重圧にもなり得ますからね。
山根 一眼レフの分野で莫大なレンズ資産を持つ彼らのシェアを覆すことは困難ですが、コンパクトカメラは買い替えが基本です。ですからそこでユーザーの心を惹きつけるモノ作りができていれば勝算はあると考えました。
麻倉 一度失敗している、レンズ資産もない。それが逆に強みだったわけですね。
山根 ええ。何もないことで「何とかしてやろう」という気概がチーム全体に溢れました。ただ、ムービーの非球面レンズを作っていたので、その技術を組み合わせれば静止画用のレンズも作れるのではないかという仮説を立て、メンバーを集めたんです。
麻倉 そもそも動画は静止画が何十枚と連続することで成立するものですから、ユーザー視点で考えれば動画用ができるなら静止画用も簡単にできそうな気がしますね。
山根 そういった人材が揃っていたのは、今から考えれば大きな強みでした。
麻倉 この15年を振り返って、ルミックスの技術でもっとも傑出したところはどこだとお考えですか?
山根 光学と信号処理、そして自社でセンサーを作る技術を持っていたということ。また、それらを組み合わせる技術に長けたスタッフがいたということです。私は一昨年の11月まで技術者をやっておりまして、幸いなことに2011年からずっとデジカメの要素開発に携わることができました。周りのスタッフを含め、組織としてデジカメを作れと後押しされたことも大きかったと思います。
麻倉 なるほど。技術だけでなく、人とのつながりやコミュニケーションもひじょうに重要だったのですね。
山根 ええ。その通りです。
麻倉 サムスンなどの海外メーカーが日本メーカーの人材を引き抜いてデジカメに乗り出したこともありましたが、結局はうまくいきませんでした。ここで最初の3つのお話に戻るのですが、そんなデジカメ市場でパナソニックのルミックスがサヴァイヴできたのはどうしてでしょう?
山根 これはあくまでも私個人の持論ですが、デジカメの開発は信号処理だけをしていてもだめなんですね。レンズを知り、光を知り、撮像素子を知らなければならない。そこにはレンズをどう動かすのか、オートフォーカスはどんな機能なのか、といったことも含まれてきます。
麻倉 その通りです。
山根 それをある程度の規模でやろうと思うと、全部をフォローできる者がそれなりの数だけ必要になります。パナソニックはもともとこのセクションに潤沢な人数が揃っていたわけではありませんが、プロ系から民生までを限られたメンバーが全部をやっていたんです。そのようなキーマンが何人もいたことが幸いだったと思います。テレビやオーディオの世界では、ある程度の段階に達すればあとは組み上げるだけ、という領域があると思います。対してカメラの世界は最後まで寄せ集めでは成立しませんから、キーマンに依存する部分がテレビやオーディオよりも多い。彼らの存在こそが、この15年を生き抜いてこられた一番大きな要因ではないでしょうか。
麻倉 光学系、機械系、電気系のすべての技術がすでに自社の中にあった。そしてそれらの掛け合わせ、補完が抜群に巧かったということですね。逆に言えば銀塩カメラではなく、デジタルカメラでしかこれらの技術は活かせなかった。そこにパナソニックがメーカーとして積み上げてきたものの意義を見出すことができます。
(つづく)
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