人形を通して見える、人間の虚無と孤独
「空気人形」是枝裕和監督インタビュー

空気で膨らんだ、誰かの“代用品”である空気人形(ペ・ドゥナ)。なぜか心を持つようになった彼女は、持ち主に内緒で街へ出かけるようになる。そこで様々な人と関わりながら、レンタルビデオ店で働く純一(ARATA)と出会って恋をするが……。ラブストーリーでもあり、ファンタジーでもあり、なおかつ行きかう人々の感情をリアルに掬い取った作品でもある「空気人形」が、9月26日より公開される。業田良家のコミック「ゴーダ哲学堂 空気人形」を映画化したのは、「花よりもなほ」「歩いても 歩いても」の是枝裕和監督。「誰も知らない」で主演の柳楽優弥が最優秀男優賞を受賞するなど、国内外を問わず高い評価を受けている監督にお話を伺った。

原作のコミックが、“映画にしてくれ”と訴えてきた

――まずは、原作『ゴーダ哲学堂 空気人形』との出会いを教えてください

「もともと業田さんの『自虐の詩』を読んでいて、その感動があったから“あ、新作が出た”と思って、書店でたまたま手に取ったんですよね。その中に収録されている『空気人形』という章は、コマ割りが完全に“映画にしてくれ”と言ってたんですよ。釘にひっかけてしぼんで、好きな男の人に息を吹き込まれて、だんだん膨らんでいくっていう描写が。

 自分の映画の中では、あまりストレートにセックスを描くつもりはなかったんだけど、これならビニールが膨らんでいく様子と息の音だけで、官能的なシーンになるかもしれないと思ったんです。だから、読んですぐにプロットにして、『空気人形』っていうタイトルも付けて。それが2000年かな。2001年には、プロットをARATA君に渡しているので」

――では、最初から純一役にはARATAさんを想定されていたんですね

「そうですね。あの役はARATA君だと思ってました。そのときのものと、出来上がった脚本はだいぶ違いますけどね。

 最初書いたプロットは、A4の紙に4、5枚のざっくりしたもので、ARATA君にしか見せていないんですよね。ちょうどその時期、“自分がやりたいものを全部表に出してみよう”と思って、短いプロットを8本ぐらい書き出しました。その中に『歩いても 歩いても』や『花よりもなほ』の元になったものもあるし、『空気人形』もあって。

 ただ、すぐ『誰も知らない』の製作に入っちゃったんで、少し寝かせつつ、2005年ぐらいにちょっと膨らませたものを書いて。その時点で、ぺ・ドゥナにオファーしました。彼女、かわいかったでしょ?」

――それはもう! 瞬きをしないのにもびっくりしました。あんなことができるんですね

「普通はできないでしょ(笑)。僕も大丈夫かなと思ったんだけど、本人がもう必死で“いや、人形だから瞬きはしない”って言ってね」

欠落を持って生れてくるから、他者とつながることができる

――20ページの原作を、どうやって膨らませていったんですか?

「さっき話した、人形が息を吹き込まれるシーンを中心に、“心を持った人形が、どうやって純一のいるビデオ屋にたどり着くのか”という前の時間と、空気はだんだん抜けていくから“彼女がどういうふうに老いていくのか”という後の時間を考えて、時間軸を引き伸ばしました。

 原作の後半に、見開きで泣いている女の人の顔がばーっと並ぶシーンがあるんですけど、それを見て“原作者は、この人形の空虚感と、現代人の空虚や孤独を重ねようとしているな”と思ったんです。時間軸は縦に伸ばしたから、じゃあ次は人形が住んでいる街の中に、虚無や孤独を抱えている人たちを描いていこうと。例えば、“人形は老いを受け入れていくけれど、それなら老いを受け入れない人を隣りに置いてみようか”とかね。そうやって、今度は横に空間的な広がりを作っていくと、90分ぐらいにはなるんじゃないかなと考えました」

――人形が周りの人間にどう影響していくか、ということですか?

「直接影響はしないんですけどね、ばらばらなので。全部がばらばらで、夢の中でだけみんながワンカットでつながるから」

――どうして“ばらばら”にこだわったんですか?

「今はみんながばらばらだから。以前、仙台で『誰も知らない』の上映会をやったとき、そこへ来ていた学校の先生が“あなたのお話と近い世界観の詩があるので送ります”っていうお手紙をくれたんです。それが、映画の中にも出て来る、吉野弘さんの『生命(いのち)は』っていう詩でね。上映会では全然『空気人形』の話はしなかったんだけど、読んでみたら“これは空気人形の話だな”と思って、そのまま詩を劇中に出すことにしたんです。

 命というものはある欠落を持って生れてきていて、だけどそれはネガティブなものではなく、他者とつながっていくきっかけになるものだと捉える。それはすごく豊かな考え方だけど、なかなかできないじゃないですか。でも、人形が人と触れ合って経験するのは、まさにそういうことだと思ったんです。自分の空虚を、他者の息で満たしてもらうっていう。

 大体みんな、自分の空虚は自分で癒そうとするでしょう。それで失敗する。だから、人形の周辺にいる人たちは、みんな“他者に自分の空虚を開かず、人とつながらない、つながることを怖れている人たち”にしました。彼らと対比することで、人形が経験したことが、いかに豊かなのかを際立たせられると思って」

――舞台は東京のはずなのに、過疎地のような不思議な場所ですよね

「人がばらばらに生きている場所としての東京、っていうのをやろうと思ったんですよね」

――東京なのに、幻想的な感じすら受けました

「それはカメラもあると思うよ。(撮影監督の)リー・ピンピンさんには、“人も風景も情感豊かに撮りたい”という話はしていて。だから、自分たちが日常で見ている東京とは、ちょっと違う切り取り方をしているのは間違いないし。

 僕は団地で育ったんですけど、今自分が育った団地へ行くと、もう子供が誰もいなくて、お年寄りがぽつんぽつんと住んでいる。古くなった団地って、ゴーストタウン化してるでしょう。築40年の団地に、夜になるとぽつ、ぽつ、ぽつって灯りが点いて、その中に人形も周りの人間たちも住んでいて。その暗〜い団地の奥に煌々と輝く高層マンションが見える、っていう場所を想定していたんです。最初は。

 その過程で見つかったのが、今回の撮影場所だったんですね。奥が月島の高層マンションで、手前がまばらに地上げが終わっていて、空き地に立体駐車場ができているんだけど、バブルが弾けちゃったからビルが建たないもんで、もう錆びついちゃって自転車置き場になっているわけです。置き去りにされている感じがするけど、ノスタルジックではない。ちょっと変な絵だなと。

 それを見て、“うわ、いいなー”って。この絵の中にみんながばらばらっと住んでいるのが不思議だし、この場所だったら人形が動き出しても納得できるかなぁと思いました。加えて、今撮っておかないとなくなっちゃいそうだな、っていうのもありましたね」

人形に愛情を注ぐ人形師たち

――孤独を抱えた登場人物たちの中で、人形師役のオダギリジョーさんだけが、現実を超越した人物に思えました。監督の中で、この人形師はどういう存在なんですか?

「父親。(「ある視点部門」に出品された)カンヌ国際映画祭へ行ったときにね、“あの人形師は神なのか?”って聞かれたんだけど、それは違うなと思って。人形に対して明快に“君が存在する意味は”って語ったら神だろうと思うけど、逆に励まされちゃったりもしているから。だから神ではなくて、強いていうなら父親かなという話をしました。でも、父権とは違う父性だから、“母性的な父性”という捉え方もあると思います。

 僕が何で人形師を“母”じゃなくて“父”だと思ったかというと、戻ってきた人形を抱きしめるのではなく、背中を押してまた現実の世界へ戻してあげるから。それは父の行為だなと。彼自身も人形の存在に関する答えを持っていないけど、“答えが出ない”っていうのは大事なことなんですよね。

 劇中にも登場する、人形を作っている工場を見学したときは衝撃でした。実際に人形を作っている方にお話を聞いたんだけど、人形が回収されて戻ってきたときに“あぁこの子は愛されたな”“この子はあまり幸せじゃなかったな”っていうのは顔を見ればわかる、それは多分この子たちに心があるからだと考えてます、って言っていて。その話がとてもよかったんです。自分が作ったものを、そういうふうに見られるのは素敵だなって。だから、オダギリ君のセリフは、ほとんどそこで聞いた話なんですね」

答えは観た人それぞれに探してほしい

――そもそも、なぜ空気人形は心を持ったんだと思いますか?

「劇中でオダギリ君が言った通りなんだけど、それはわからないですね。人間がどうやって心を持ったのかもわからないから……。いや、これは難しいですよね。ちょっと一言では言えないな。この人形は、どの時点で心を持ったと思いますか?」

――私はそのまま“瞬きをしたところからじゃないか”と思っていたのですが、改めて聞かれてみると、もっと前からだったのかもしれないと思います。最初に膨らんだときから、心はあったのもかもしれない。監督はどう考えていらっしゃるんですか?

「それは……観た人それぞれが違うポイントを思うはずだし、そう思われるように作っているつもりです。だから、僕の答えはなくてもいいですよね(笑)。こうやって話をするのも面白いですし。

 ただ、人形自身は、記憶であり他者でありを、自分の中ではっきり感じたときに“心を持ったこと”を確認するんだよね。そこは、すごくはっきり出したかった。もし心というものがあるとすれば、もともと自分の中にあるものではなく、他者と出会って芽生えたもの。そういうふうに、世界と触れないと心は生れないのではないか、と考えながら作っていきました」


是枝裕和(これえだ・ひろかず)
1962年、東京生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、現在に至る。主なテレビ作品に、水俣病担当者だった環境庁の高級官僚の自殺を追った「しかし…」(91)、一頭の仔牛とこども達の3年間の成長をみつめた「もう一つの教育〜伊那小学校春組の記録〜」(91)、前向性健忘症の男性とその家族の記録「記憶が失われた時…」(96)などがある。初監督映画「幻の光」(95)が、第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。また、監督4作目の「誰も知らない」(04)では、カンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞したことでも話題に。「花よりもなほ」(06)では初の時代劇に挑戦。08年には、自身の実体験を反映させたホームドラマ「歩いても 歩いても」、初のドキュメンタリー映画『大丈夫であるように−Cocco終らない旅』を発表した。


監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:ペ・ドゥナ/ARATA/板尾創路/高橋昌也/余貴美子/岩松了/星野真里/丸山智己/柄本佑/寺島進/オダギリジョー/富司純子
原作:業田良家「ゴーダ哲学堂 空気人形」(小学館ビッグコミックススペシャル刊)
撮影監督:李屏賓
美術監督:種田陽平
配給:アスミック・エース エンタテインメント
2009年/日本/カラー/1時間56分/ヴィスタ/ドルビーSR
9月26日、シネマライズ、新宿バルト9ほか 全国ロードショー
(C)2009業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会
写真/瀧本幹也


2009年9月18日
映画コラムニスト 鈴木晴子

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最終更新 11.12.20 15:43

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