

今回は、AVセンターの音質設計を手がける加納真弥さんに、ヤマハのAVセンター上位2製品DSP-Z11/Z7の「音づくり」について、お話を伺う。聞き手は、匠のインタビュアーとして月刊HiViで活躍される潮晴男さん。インタビューが行なわれたリハーサルスタジオは、楽器を演奏するお二人が集ったことで、終始、和気あいあいとした雰囲気に包まれていた。
普及機でできなかったことを、すべてぶちこんだのがDSP-Z11なのです
潮晴男(以下、潮) 加納さんは、音質チューニングのスペシャリストとして、これまで様々な製品に携わってきたと思いますが、今回は、フラッグシップクラスのモデルのお話を、伺いたいと思います。まず、加納さんがオーディオを好きになったきっかけから、教えてください。
加納真弥(以下、加納) 大学の頃、オーディオ好きの友人がいまして、彼のオーディオでCDの音を聴かせてもらったのがきっかけです。
潮 時期的には、ずいぶん遅咲きですね。
加納 それまでは、何かひとつに打ち込むというより、音楽に関わるものにあっちこっち手を出して……例えば、高校時代は、吹奏楽やミュージカルで「オズの魔法使い」や「ウエストサイドストーリー」などに参加していました……脇役ですけど(笑)。
潮 大学の専攻は、電気工学?
加納 はい。長野にある大学に通っていました。まわりは自然に囲まれていたので、山の中を散策したり、夜中に温泉に出かけては、その静けさを楽しんだりしていました。
潮 実は、オーディオを創る人、聴く人にとって、そういう体験ってすごく大事なことなんですよ。S/Nの限界、本当の意味での静けさを知らないと、オーディオをやってもレンジの広さを実感できないし。
加納 確かに、言われてみるとそうかもしれません。「静かなんだけど音がないわけではない」という世界。けっしてその頃に、今の生き方を考えていたわけじゃないんですが、こうした内なる経験の蓄積は、DSP-Z11やDSP-Z7で追求した静寂感や無音部分の表現力、ヤマハが目指すナチュラルサウンドという考え方に、結果として結びついている気がします。
潮 じゃあ、オーディオそのものではないにせよ、音や芸術に対する下地があったわけですね。ヤマハに入社してから、一番初めに設計した単品コンポーネントは何ですか?
加納 DSP-AX630です。右や左もわからないなかで、もうひたすら深夜まで音を聴いて取り組んでいくという作業を初めて経験しました。


設計技術に長けた人たちや、チューニング経験の深い人たちの話を聞きながら、自分が感じたモノとエンジニアリング的な要素、さらにそれを上回る新しい構造・技術へのチャレンジ、それらの間をいったりきたりしながら、ひとつの方法に固執せず、自分なりの解釈を進めていきました。
潮 そのあとは?
加納 そのあとは、DSP-AX740、DSP-AX750シリーズまで下のモデルを経験し、DSP-AX1400、DSP-AX2400という中級モデルをかじり、一度、RX-V359という日本では発売されていない一番安いモデルをやったあと、今度は逆に、一番高いモデルDSP-Z11を手がけることになりました(笑)
潮 DSP-Z11の設計をしたのは、入社して何年目?
加納 9年目くらいですかね。こうした積み上げの中で、DSP-Z11/Z7をやるなら、自分はこうしたい、こういう世界観をお客様に提供したいというものが、ひじょうに明確に見えてきた頃でした。低価格モデルをやっていた時期は、コストが限られている分、そのなかでパフォーマンスを引き出すのに、より一層知恵を絞らなければなりません。私は、入社2年目にマレーシアの工場へ海外研修に行ったのですが、そこで出会ったベテランの設計者から「安い製品でいい音が出ないなんていうのは、設計者の傲慢だ」と、「物量をかければいい音が出るのは当たり前で、コストをかけずにどうやっていい音を出すかが設計者の腕の見せどころ。そのための回路であり、構造であり、そこを工夫するだけで音は全然変わってくるんだから」ときっぱり言われて、以来、つねにその言葉を意識しながら、取り組むようにしてきました。その方は、お客様からひじょうに高い評価を頂いたA-2000というプリメインアンプを手がけた方です。逆に、下のモデルを開発していて思いついたアイデアや、アナログ部だけのアンプとは違った発想での音質改善点、コスト面の制約で本来はもっとこうしたかった、これはできなかったというものを、すべてぶちこんだのが、DSP-Z11なのです。
潮 下積みがあった加納さんだからこそできたモデル。
加納 何か至高の存在があって、神様からの啓示を受けて、突然DSP-Z11ができあがったわけではありません。むしろそこに辿り着くまでに、内部の回路がどう影響していて、ここを変えたときにどう音が変るのかといった「戦い」を、何度も何度も繰り返してきた経験から生まれてきたものなのです。
筐体の塗装が、ブラックかゴールドで音が違う
潮 コストを抑えていい音を出すというのも大変ですが、逆にすべてをつぎ込むのも大変だったんじゃないですか? 例えば、DSP-Z11は、11ch分ものパワーアンプを背負っています。プレゼンス用については、メインのチャンネル用とアンプの設計(出力)が違うから、余計に……
加納 はじめから、やりたいことが全部決っていた分、実際にこのサイズに収めようとすると、全然余裕がありませんでした(笑)。ただ、アンプに関しては、正直いうと全チャンネルイコールパワーでいけたかもしれないんです。ただ、欧州向けの安全規格が厳しくて、天板にプラスチック素材を用いるなどの放熱対策をとらないと、金属のままでは規格試験に通らない可能性が出てきたのです。私は、DSP-Z11の音質チューニングをしていた時、筐体の鳴き止めが、音に大きな影響を与えていたことを知っていましたし、質感を損ねるためどうしても天板にプラスチックシートを貼りたくなかったんですよ。最終的には、ファイナル段の電源を除いて全く同じ回路構成を採用し、出力以外ではデメリットのないカタチにもっていくことにしました。
潮 DSP-Z11の天板にプラスチックシートはねぇ…筐体の塗装が、ブラックかゴールドかだけで、音が違うという話もありますし。
加納 インターネット上では、ブラックの方が音がいいといった書込みも見受けられますね。技術屋の公式見解としてはとても言えませんが(笑)、ゴールドは、品がよくティスティな響きが出るタイプで、ブラックは、マッシブで力強く、締まった音がしました。われわれも新人研修の一環で、アンプの内部配線をぎゅっと縛って、音が変るといった実験をしますが、こうしたところに見られるように、まだまだ技術的に解析できていないことが、音の世界にあるのは事実ですね。
潮 測定器で測定しても差異がないですからね。そこが逆に、人間の耳のすばらしいところなのかもしれません。
加納 そういう意味では、DSP-Z11は、内部配線の被覆の色や長さまで、左右均一になるようケアしています。組立てのしやすさを考えると、すべてのモデルでできることではないですが、DSP-Z11ならそこまでこだわってもいいと思ったのです。
潮 HDオーディオの音づくりは、どうしましたか? はじめは、視聴ソースがなかったと思いますが。
加納 フルHDの映像は早い段階で観ることができたので、その映像に合わせた音づくりを心がけました。映像に精細さが増した分、ベースとなる設計の考え方は、迫力重視というより、


静寂感だとか、テクスチャーの表現力、静と動のダイナミクスといったものを重視すべきと考えて設計していきました。実際に、実機で確認できる段階になって、この方向性は間違ってなかったと感じました。ところが、音の情報量が増し、細かな音まで明瞭に表現できるようになったことで、今度はスピーカー間の繋がりが、よりシビアでセンシティブなものになっていると気づかされました。そのとき、ちょうどシネマDSPを担当する大橋とHDオーディオのシネマDSPについて議論していたのですが、やはりスピーカーの存在を消して、空間全体から音が出てくるような雰囲気にもっていきたいよねという話になり、この問題は、アナログ的な音づくりとシネマDSP設計の両サイドから、クリアしていくことにしました。
潮 シネマDSP HD3も大変だったんじゃないですか?
加納 あの11chという考えは、もともと3Dをやるためのものではなくて、北米モデル用のマルチゾーン向けの提案だったんです。ところが、大橋から今のDSPデータは、リアルな3次元情報をすべてもっていると聞き、これを活かせば完全に3次元処理した上でシネマDSPがかけられるとわかったので、これはやるっきゃないと思いました。上からは、猛反対されましたけどね。そこまでやる必要はないと。
潮 アンプの数も増えるし、放熱処理も大変だし、上がやめろといいたくなるのもわからんでもないですが(笑)。
加納 それでも、あの3次元処理したシネマDSPは、絶対新しい世界観が創造できるからやらせてくださいと、必死になって説得しました。その過程では、お客様に対してあれだけのch数を強要するのかという話も出たのですが、でもわれわれが一番いいと思えて、明らかに音場再生の世界観を激変させられるなら実行すべきだと。それを設置してでも体験していただく価値のあるモノを提供するのが、このモデルなんじゃないの? という気持ちがあったのです。3次元音場のテスト信号を聴いた時に、今まで自分がシネマDSPで、唯一納得できていなかった部分、すなわち素の音の成分と音場成分の繋がりの不自然さが完全に払拭されていました。こうした体験を経て、大橋とこのシネマDSP HD3を絶対カタチにしようと語り合いました。
潮 ヤマハのAVセンターのレゾンデートルは、そういうところにあるんだろうと思います。それだけの価値を認めてくれる方には、プラスαのことをしていくという使命もあるでしょうし。
加納 DSP-Z11/Z7をお持ちの方は、ぜひフロント・リアプレゼンススピーカーを設置して使ってほしいです。私には、使っていただければ、ヤマハのAVセンターでしか味わえない幸せな空間が体感できるという、自信があります。
下に敷くオーディオボードは、少し響きのある木材がオススメです
潮 設計者の立場から、使いこなしの面でほかにメッセージはありますか?
加納 さきほど筐体の鳴き止めの話が出ましたが、DSP-Z11/Z7を楽しんでいただく時には、オーディオボードに御影石のようなリジットなものではなく、木材のような少し響きがあるものを敷いてもらえればと思います。
潮 アンプベースは、木がいいですよね。ちょうど去年のHiVi 1月号でフラッグシップのテストをしたんですが、何も敷かないというのも駄目なんですよ。結論から言うと、ある程度質量感のある木を敷いてあげた方が、音が豊かになってしかもちゃんと締まった音が出てくるんです。はっきりいって、石は駄目ですね。自分で、御影石も大理石も試しましたが、駄目でした。それと…AVセンターの背面にあるサービスコンセントは、もう必要ないんじゃないでしょうか? あれば使っちゃう人がいるし、なくなればコストダウンにもなります。
加納 HDMIのリンク機能も含めて、端子の有無やAVセンターで何をコントロールすればいいのか、AVシステム全体を見直す時期にきているのかもしれませんね。あとは、リモコンの一等地に置かれたシステムメモリーを使っていただき、お客様がよく使われる「最高のパターン」を作りこんで楽しんでほしいですね。私は、CDのHiFi視聴用にPure Direct Video OFF、BD音楽HiFi視聴用にPure Direct Video ON、映画視聴用にCINEMA DSP+Adaptive DRC ON、iPodやNetwork視聴用にMusic Enhancer、を設定して使っています。
潮 では、今後はどういうAVセンターをつくっていきたいと思いますか?
加納 私は、AVセンターはハイファイだけが再生の目的ではないと思っています。AVセンターの楽しみ方のひとつとして、ハイファイの世界を楽しめるという点が大事だと思うのです。ハイファイをつくりあげる工夫を、あれと全く同じ形を求めたり、デジタル部を否定して実現しようとするのではなく、そこで大事な技術要素を取り入れていく。アンプの方式であったり、左右完全セパレートであったり、電源をクリーンにする取組みであったり、そういう概念はベースとしてきちんと取り入れ、そのうえで、ハイファイアンプの楽しみ方だけにとらわれず、多種多様な楽しみ方を提供していく……


最近、リビングシアターと呼ばれるような、正しいスピーカー配置になっていない、オーディオ的には理想でない空間で、映画を楽しんでいる方もいらっしゃいますが、そういった理想ではない空間に理想をつくるという意味でも、AVセンターはその存在価値があるのではないでしょうか。今後は、使いやすさも含めて、お客さまの使用環境の中でどれだけいい音が出せるかというところに対し、もっともっと積極的な取組みをしていきたいと考えています。
潮 オーディオで一番大事にしなければいけない部分は、声だと思うんですよ。そこがきちんと出ているAVセンターは、ハイエンドオーディオと同じレベルでは比較できないまでも、ちゃんとオーディオ用のアンプとして、音を聴くことができると思うんです。そういう方針でつくってもらえたら、いいアンプに仕上がると思います。また、HiViの読者からは、セパレートアンプを出してほしいという声もありますが。
加納 セパレートアンプに関しては、毎回議論がありまして、実はDSP-Z11の時もありました。セパレートアンプの主なメリットは、電源系を分けられることとケーブルを変えて楽しめる遊び心、大電流部と小信号部の分離にあります。一方、信号が最短距離をとれる、音質を全体的に管理ができる点では、インテグレーテッドが勝ります。また、技術要素として蓄積できるのは、むしろインテグレーテッドの方で、あの制約の中こそが、技術のるつぼだと思うんです。ただ、個人的に、セパレートアンプをやってみたいという気持ちは持っています(笑)。
潮 ヤマハの可能性、将来の姿が見えるという意味では、セパレートはわかりやすい。その先をみてみたい、聴いてみたいという声があるのは、事実です。
加納 ひしひしとその思いは感じているんですが、きちんとした製品としてお客様に提供し、会社としてやる意味を見出せるかどうかですね。セパレートでつくることになっても、インテグレーテッドから容易に移行できるよう、それに見合った内部構造や構成などをアイデアとして埋め込んでおくことは、今のわれわれでもできることだと思います。チャレンジできる機会があればいいなぁと思いつつ、日々、設計に取り組んでいます。
潮 今日はどうもありがとうございました。
加納 ありがとうございました。
(インタビュアー オーディオビジュアル評論家 潮晴男/フォト 河野隆行)
次回予告:第2回 DSP-Z11/Z7 DSP篇 大橋紀幸さん&二宮知子さん × 高津修さん 2009年7月1日 掲載予定




↑浜松からいらした加納さんを、潮さんがお出迎え
↑音楽は、優秀録音盤にこだわらず、ジャズ、クラシック、ラテン音楽などを「乱聴」しています。学生の頃は、恋愛での葛藤や傷心の日々をシャ乱Qの「シングルベッド」という曲に重ねていました(笑)
↑1モデルあたり、視聴に数百時間かけて、音決めをします。DSP-Z11/Z7は、評論家の先生や社内の意見も聞きつつ、あるクォリティレベルに達したあと、最後は「自分の表現したい音」を素直に出しきる調整ができました
↑リハーサルスタジオで、お互い得意な楽器を披露。音楽を演奏する者同士、話が弾みました
↑ヤマハの社員は、楽器を弾く方が多いです。社員同士でグループを組んで、演奏することもあります。加納さんは、次回にご登場いただくシネマDSPの開発者 大橋さんと同じグループで演奏されているとのこと
↑学生時代からピアノを嗜んでいた加納さん。最近はご無沙汰気味ですとのことでした
↑ギターが得意な潮さん。指使いも本格的
↑加納さんは、友達の結婚式に弾いた曲を、思い出しながら演奏してくれました
↑最近、デジタル一眼レフカメラを買い替えた加納さん。ご自身で撮られた写真を見せてくれました。とてもキレイに撮れていて、潮さんからも合格点をいただきました
↑ステレオアンプの優秀な設計者が、必ずしもマルチチャンネルアンプをうまく設計できるとは限らない。でも、その逆は可能なんですと語る潮さん