ヤマハ開発者の実は黙っていたこと

HiFiオーディオの復活、フラッグシップAVセンターのモデルチェンジなど、ホットな話題に事欠かない、ここ数年のヤマハ。これまで自社のホームページはもちろん、多くのメディアをとおして、さまざまなことが語られてきた。そんなヤマハにも、実は皆さんに黙っていたことがある

最終回は、ヤマハ初のデジタルサウンドプロジェクターYSP-1から、最新のHDオーディオ対応モデルYSP-4100まで、数多くのYSPを音決めしてきた田中一伯さんをお迎えして、YSPの音づくりについて伺う。YSP-4100は、HiVi ベストバイ サラウンドシステム部門で、見事第1位に輝いた実力機。テレビ朝日のトーク番組 「アメトーク」の家電芸人SPでも、チュートリアルの徳井さんが紹介し、話題をよんだ。インタビュアーは、HiVi 編集長時代からヤマハ製品に精通するオーディオビジュアル評論家 山本浩司さん。今回も視聴を交えながら、ヤマハ開発者の実は黙っていたことを聞き出していく。

帯域によって聴こえ方が変らないように、音をつめていきました

山本浩司(以下、山本) 6月から続いてきた連載も、いよいよ今回で、最終回を迎えることになりました。ラストを飾るのは、YSPの音づくりに携わった田中一伯さんです。よろしくお願いします。
田中一伯(以下、田中) よろしくお願いします。
山本 音をビーム化してサラウンドをつくりだすという英Cambridge Mechatronics Ltd社(以下、CM社)の技術は、パイオニアのデジタル・サウンド・プロジェクターPDSP-1で、初めて市場に導入されました。ショウで聴いた時はすごい音だなぁと感心したのですが、価格が300万円もしたので、広く普及するには至らなかったようです。その後、ヤマハのYSP-1で、この技術が日の目を見ます。YSP-1は、PDSP-1よりずっと、手の届きやすい価格で発売されました。開発は、いつ頃からはじめたのですか?
田中 YSP-1の開発は、プロジェクトというカタチで、2004年の春頃にスタートしています。ただ、ヤマハにも、アレイタイプのスピーカーを研究しているグループがありまして、そこでは、プロジェクトが立ち上がる前から、音をビーム化する研究が行なわれていました。
山本 それは、フロント完結型のサラウンドシステムに需要があると判断したからですか?
田中 はじめから、それをどこまで意識していたかはわかりませんが、アレイを使って、音をビーム化する技術を色々と試していたのは確かです。
山本 ヤマハは、シネマDSPを使って音場創成するという研究を80年代からずっと行なっていますが、ビーム化の研究もその一環だったわけですか。
田中 そうですね。音響や音場創成を研究する部門のテーマでした。
山本 では、田中さんが、YSPを設計したいと思ったキッカケは何ですか?
田中 YSPのプロジェクトが始まる前に、CM社がヤマハへ同技術のプレゼンテーションをしにやってきました。その時に、興味を持ちまして、自分からやりたいと立候補しました。ビームになった音を実際に聴いてみて驚かされたのです。
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山本 でも、スピーカーの設計者たちのなかには、こうした技術を嫌がる人もいたのでは?
田中 そうですね。スピーカーの設計者は、もともとHiFiオーディオのスピーカーを設計したいという人が多いんですよ。でも、私には、新しい技術をモノにして自分を成長させたいという気持ちがありましたので、あえてチャレンジしてみようと思いました。ただ、その時にCM社が持ち込んできたデモ機というのが、あまりいい音ではなくて……。
山本 そのコンセプトには共感し、可能性は感じたけれど、自分がチューニングすればもっといい音になるぞと思ったわけですね。
田中 どんなに素の技術が素晴らしくても、製品にしていく段階で、きちんと音づくりしないと、なかなか皆さんに納得してもらえる音にはならないだろうなとは思いました。
山本 製品化にあたって、CM社は、どういったサポートをしてくれたんですか?
田中 信号処理の部分が中心ですね。音質チューニングに関しては、彼らに全く経験がありませんので、すべてヤマハで行ないました。とくにYSP-1の時は、何もかも初めてだったので、本当に苦労しましたね。YSPの仕組みは意外と複雑で、ウーファーは5ch分すべて前から音を出しますが、中高域は各chごとにビーム化されます。ところが、ビームというのは、低い周波数から高い周波数まで太さが同じではないんですよ。
山本 ビームの太さとは、指向性のことですか?
田中 はい。高い音ほど、ビームが絞られ、指向性が強まります。それによって、低い音の方が前から聴こえてくる割合が増え、帯域によって聴こえ方が変ってしまいます。この辺りのバランスを調整するのが難しかったですね。
山本 どうやって、チューニングをしたのですか?
田中 基本的には、実際に音を聴きながら、内部のイコライザーを調整したり、各chレベルの動かし方を工夫したり……クロスオーバーのフィルターも改良しました。


YSPの音づくりで重要なパラメーターは、ユニットの口径、ピッチ、アレイの幅

山本 ちなみに、40個というユニットの搭載数は、どのようにして決められたのですか?
田中 ユニットの口径、ピッチ、アレイの幅の3つが、YSPの音づくりで重要なパラメーターになります。それぞれの色々な組合せをテストした結果、商品性も考慮し、アレイ幅は、600mm程度がよいだろうという話になりました。つづいて、ユニットの再生能力から、口径とピッチが決り、その後、多少上下に制御できた方がいいという判断から、アレイの本数が縦3列に決りました。そこから、だいたい40個という数が導きだされたわけです。
山本 縦は、3列も必要ですか?
田中 1列や2列より、多少なりとも縦方向に制御しやすくなっています。無理して2列にもできなくはないですが。
山本 理想は、何列?
田中 縦と横で同等の制御を行ないたいなら、正方形くらいある方が(笑)。ただ、CM社が持ち込んできたプロトタイプが、縦も横もだいたいこのくらいの大きさだったのです。
山本 PDSP-1は、正方形に近い長方形でしたよね。
田中 はい。254個ものユニットが搭載されていました。
山本 ユニットの口径も、CM社のプロトタイプと同じですか?
田中 だいたい同じくらいですね。ただ、音質的に納得がいくものをつくりたかったので、ユニットは自社開発することにしました。
山本 通常のスピーカーユニットとYSPのユニットで、つくり方に違いはありますか?
田中 ええ。YSPでビーム化すると、高域のエネルギー感が不足しがちです。そのため、一般的なスピーカーシステムのユニットより、YSPのユニットは、若干ハイあがりに調整しています。
山本 それは、反射した時に減衰するからですか?
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田中 いいえ。一般的な石膏ボードに壁紙を貼った壁でも、反射させた音は、周波数特性がほとんど変りません。しかし、たくさんのスピーカーが鳴ることで、互いの音が干渉し、打ち消し合ってしまうのです。とくに高域は減衰しやすいので、エネルギー感を補う必要があります。
山本 そこには、電気的な処理だけでなく、ユニット自体の改良も含まれているわけですね。
田中 そうです。また、YSPのユニットは、ひとつひとつが比較的広い帯域を受け持つので、どの周波数の音も万遍なく出せるよう、つくりこんでいます。
山本 ユニットは、YSP-1の頃から、ずっと同じものが使われているわけではないですよね。
田中 はい。YSP-4000/3000のユニットでは、マグネットを大きくしたり、コーン紙の材質を変えています。今回のYSP-4100のユニットは、マグネットをさらに大型化し、振動板形状や材料を再度見直して開発されたものです。
山本 YSP-4100では、奥行きも狭くなりましたよね。当然、キャビネットの容積が小さくなるわけですが。
田中 スピーカーにとっては、あまりいい方向ではありませんね。そのデメリットを、どうやって感じさせないようにするかが、腕の見せ所だったわけです。
山本 電気的に補正しているのですか?
田中 もちろんそれもありますが、YSP-4100では、スピーカーユニットを非防磁に変更しています。フェライトの防磁型は、通常、キャンセルマグネットをユニットの後方につけて、板金のシールドを被せます。それを外したことにより、低音の鳴り方にゆとりがでてくるのです。これは、薄型化する際にも有利に働きます。さらに、ボイスコイルのネック部分の強度を高める改良も施しました。これは、中低域の明瞭度を改善します。キャビネットも、奥行きは狭まりましたが、高さを広げることで、容積を稼いでいます。

5.1chは5ビームで、7.1chは5ビーム+2で聴くことをおススメします

山本 7.1ch化、HDオーディオ対応などで、苦労された部分はありますか?
田中 ビーム自体は5本のままなので、YSPに組み込む上で越えなければならないハードルは、そう高くありませんでした。ただ、開発者向けのブルーレイ・ディスクがなかったので、音決めは苦労しましたね。欲しかったのは、例えば、7.1chの音をチャンネルごとに別々に聴くことができるようなソースです。DVDの頃は、自分たちで容易にこういったソースをつくることができたのですが。それと、ワンパッケージのなかに、5.1chと7.1chの両方の音声が収録されていて、それぞれ録音やミックスを変えているタイトルは、扱いに苦労しましたね。どちらを主に音づくりをしたらいいのか、判断に迷いました。
山本 そういえば、YSP-4100は、はじめて使う時に、5ビーム+2で使うか、5ビームで使うか、選ばせますよね。デフォルトで、5ビーム+2に設定してしまえばいいのにと思うのですが。5.1ch音声のコンテンツは、5ビームで聴いた方がいいのでしょうか?
田中 好みにもよりますが、私は5.1ch音声のコンテンツには5ビーム、7.1ch音声のコンテンツには5ビーム+2で、聴く方がいいと思います。実際に、5.1ch音声のコンテンツで、聴き比べてみましょうか。(5ビーム+2の詳細はこちら
>ーーーーBD「YSP-1のデモディスク」ほかーーーー<
山本 5ビームと5ビーム+2では、サラウンド音声の聴こえてくる位置が変りますね。5.1ch音声を5ビーム+2で聴くと、サラウンドの音像が前に寄ってくる感じがしました。それに加え、5ビームで聴いた方が、位置関係も含めて、音が明瞭に聴こえてきます。
田中 そうですね。5.1ch音声で、音像を後ろに定位させたい時は、5ビームに設定してもらった方がいいと思います。5ビーム+2では、フロントとサラウンドの間に、2chの仮想音源ができますので、音像が前に引っ張られます。
山本 今聞いたディスクのほかに、普段の音決めには、どんなディスクを使っていますか?
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田中 5.1chサラウンドはDTSのデモディスクを、7.1chサラウンドはドルビーのデモディスクを使っています。私の場合、最新のディスクより、聴き慣れたソースを使うことが多いです。過去の製品を同じディスクで聴いてきた経験がありますから、良し悪しの判断がしやすいのです。今回のように7chソースが必要な時は、その都度、新しい視聴ディスクを追加していくというスタイルですね。
山本 今度は、僕が聴き慣れているディスクで視聴させてください。
>ーーーーBD「コッポラの胡蝶の夢」冒頭ーーーー<
山本 あれ? この間、聴かせてもらった時より、音がよくなっていませんか?
田中 はい。実はよくなっています。先日、ファームウェアが更新されましたので、市販モデルは全てこの音です。
山本 YSPには、5本のスピーカーを設置して聴くのとは、また違ったよさがありますよね。下手にサラウンドスピーカーを置くと、音の発信源、スピーカーの存在を意識させられてしまいます。もちろん、セッティングや製品選びで、うまくチャンネル間を繋げていけば、この問題はクリアできるのですが。YSP-4100なら、使い始めてすぐに、スピーカーの存在を消すことができて、包み込まれるようなサラウンド感が得られます。これは、単にCM社のビーム制御技術を取り入れたからではなく、充分に音づくりがなされているからではないでしょうか。
田中 YSP-1の開発当初、音が悪かった頃は、このサラウンド感がえられなかったんですよ。
山本 音質とサラウンド感って分けて考えがちですけど、そうではないんですよね。
田中 密接に結びついていますよね。YSP-1の場合は、スタート時の音が悪かった分、音質対策をしていくと、日に日にサラウンドがよくなっていきました。ビーム化技術の本来の持ち味が活きてきたのです。開発者としては、この時期が一番楽しかったですね。

ビーム化技術を使ったYSPには、さまざまな可能性があります

山本 ただ、欲を言えば、一般的なリビングでの視聴距離だと、セリフが若干、下の方から聴こえてくる感じがします。もっと画面のなかから聴こえてくるイメージが欲しいのですが。
田中 センターチャンネル用に別のスピーカーを用意して、テレビをYSPと上下に挟みこんで、セリフを真ん中に定位させるという手はあります。ただ、ワンボディではなくなってしまいますよね。
山本 ここにもあそこにもスピーカーが欲しいとか言っているうちに、いつの間にか数が増えて、本物の5.1chシステムを組んでいたなんてことになりかねないですからね(笑)。本体を傾斜させて、ビームをやや上に向けることでは対処できませんか?
田中 人間の耳は、どこから音が出ているかわかりますから、音源の位置が同じである以上、その方法では難しいかもしれません。ヤマハの研究所のなかには、電気的な信号処理で音源のリフトアップにチャレンジしているグループがあります。
山本 ただ、音にこだわる田中さんとしては、納得がいかないと(笑)。
田中 実用化には、まだまだ乗り越えなければならない壁が、いくつもありそうですね。
山本 最後に、YSPの今後の可能性について、お聞かせください。YSPには、薄型になって貧弱になったテレビの音を補強するという役割がありますが、
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一方で、ビーム化技術の発展性という面でも期待されています。
田中 YSPが世の中に認知されてきましたので、今後は、2極分化を考えていかないといけないのかなと思っています。さらに音質のよさを追求していく方向と、使い勝手を意識しながら、より多くの方に使ってもらえるコンセプトを提案していく方向と。とくに、音をよくしていくという課題には終わりがありません。ビーム化技術のよさを最大限まで引き出せる製品を、今後もつくっていきたいですね。
山本 なるほど。YSPには、前々回話題にあがった、垂直方向にユニットを並べて、より厳密に高さ方向を制御するという可能性もありますよね。
田中 もともと垂直方向にユニットを並べていたのは、天井の反射を利用するためでした。部屋の障害物を避けてビームを飛ばすことができますから。反対に、縦方向の制御をある程度諦めて、列を減らしていくという考え方もあります。HiFiオーディオの立場から言えば、ユニットの数は少ない方がいいのです。列数を減らしていけば、縦方向の干渉が少なくなり、見通しのよいすっきりした音を聴くことができます。
山本 何を求めるかによって、さまざまなアプローチがあるというわけですね。本日は、この特集の最終回に相応しい「実は、黙っていたこと。」をたくさん聴くことができました。どうもありがとうございました。
田中 ありがとうございました。
インタビュアー オーディオビジュアル評論家 山本浩司
フォト 河野隆行
取材協力 DEN AQUAROOM AOYAMA:東京都港区南青山5-13-3 FIK南青山ビルB1
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名前
田中 一伯
所属
ヤマハ株式会社
AV機器事業部 商品開発部
これまでの担当製品
趣味・特技
音楽鑑賞、読書、家族アンサンブル
作曲家の生涯と作品との関係を調べる
夢や目標にしていること
どのような製品でも音質対策に
手を抜かないことで、購入者に満足感、
安心感を持っていただくこと

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