Stereo Sound ONLINE ホーム > 特集 > 登山家 栗城史多さんが語る「スクリーン映像に馳せる想い」

INTERVIEW WITH NOBUKAZU KURIKI
登山家 栗城史多さんが語る スクリーン映像に馳せる想い 世界最高峰エベレストの、単独・無酸素登頂に挑む栗城史多さんは、実はベースキャンプにプロジェクターとスクリーンを持ち込むほどの映画ファン。そこで季刊ホームシアター編集部では“東京ベースキャンプ”に最新シアターシステムをセット、改めて大画面&サラウンド音響システムがもたらす感動についてお話をうかがった。
 栗城史多さんはいま、世界でもっとも有名な現役登山家と言っても過言ではないだろう。そのアタックの様子を、インターネットを通じ動画で配信することで実現した「冒険の共有」によって一躍人気を博すことになった。リアルタイムで伝えられる栗城さんの極限状態に、世界中の人々が息をのみながら見守っている。
「こんなぼくでも、挑戦し続けることによって、見えない大きな山が立ちはだかっている人たちとともに挑戦を続けたいんです。それがぼくの目指す『冒険の共有』なんです」
 栗城さんは高校卒業後、夢を求め上京するがすぐに挫折。その後ニートとなり、1年で北海道に戻る。失恋、そして引きこもり……。しかし、そんな生活は長くは続かなかった。ひょんなことから大学の山岳部に入部。厳しい冬山の登山を通し自分の愚かさに気づく。
「できる、出来ないは自分が作っている幻想でしかないんです」
 以来、栗城さんは、試練の先に広がる美しい地平を目指し、山に挑み続けた。そして、2007年に大きな転機が訪れた。インターネットによる動画配信だ。
「山に登るだけであれば、他のアルピニストでもできます。でも、ぼくの冒険は、自分がかつてそうであったように、人生に立ちはだかる大きな山に挫折し、立ち止まってしまった人々に、新しい一歩を踏み出す勇気を与えられるかどうか、だと思っています」

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北海道瀬棚郡今金町に生まれる。2004年大学の山岳部に在籍中、先輩の反対を押し切り北米大陸の最高峰であるマッキンリー(正式名称は『デナリ』)の単独、無酸素登頂に成功。その後、アコンカグア(南米)、エルブルース(ヨーロッパ)、キリマンジャロ(アフリカ)、カルステンツ・ピラミッド(オセアニア)、ビンソンマシフ(南極)と日本人では唯一となる六大陸最高峰の単独、無酸素登頂を成し遂げている。今秋、七大陸最高峰の制覇を目指し、三たびエベレスト(チョモランマ)に挑む。一昨年に刊行された「一歩を越える勇気」(サンマーク出版)は、すでに四版を重ねるベストセラーに。
生死の境を彷徨う男が感じる大画面の力。
 そんな栗城さんは、もちろん映像を配信するだけではなく、鑑賞する側に立つことも。とてつもないことに挑戦し続けてはいるが、素になれば、一人の映画好きの若者だ。平均で、50〜60日におよぶベースキャンプの生活に、栗城さんはプロジェクターと80インチスクリーンを持ち込むようになった。
「2年前、エベレストに初めて挑戦した時からです」。
 当初は、自身の登頂の様子を配信するために持ち込んだパソコンで映画を観ていたが、それでは自分しか観られない。やはり、一人で観るよりはシェルパをはじめスタッフと一緒に、みんなでワイワイ、ガヤガヤ観るほうが楽しい。しかも、映画を通じてよりコミュニケーションが深まることも少なくない。そんな”鑑賞会“は、多い時には十数名におよぶこともあるという。
「ヒマラヤには、当然海を見たことのない人たちもたくさんいます。
『ジョーズ』を観たときには『海にはこんな生き物が潜んでいるのか!』と大騒ぎになっちゃって(笑)。『ダークナイト』をかけたときには『アメリカってのはこんなヒドい国なのか?』なんて話が始まったこともありました。プロジェクターやスクリーンを持参する登山隊は、他にありませんから(笑)」
 おそらく、アタックを直前に控えた登山家の心境というものは、われわれの想像がおよぶところではないだろう。栗城さんは、来るべきその日に備え、ベースキャンプでは可能な限り、日本にいるときと同じ状態に近づけるようにしているという。
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