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新演出の渋谷・コクーン歌舞伎『四谷怪談』のサウンド・デザイン〜稽古から千秋楽までを追う〜
テキスト: 市来邦比古
撮影: 土屋 宏
ある新製品に心を留めたサウンド・デザイナーが、その機材を駆使してどのようなシミュレーションを重ね、ベストな使い方を模索するのか。いわば本番を想定した[準備編]としての検証リポートを市来邦比古氏に依頼したことがある。同稿は本誌2016年4月号に掲載、「Roland」から発売されたばかりの「M-5000C」をターゲットとした内容で、音質のクオリティから操作性の如何まで、現場の視点から進められた細やかな検証作業に興味を持たれた読者も多いことと思われる。
このほどその実践編の取材が実現した。2016年6月6日〜29日に渡り東京・渋谷「Bunkamuraシアターコクーン」恒例の「渋谷・コクーン歌舞伎」第15弾公演『四谷怪談』において、「Roland M-5000C」および「M-5000」が使用されたのである。
稽古が進むにつれて刻々と変わっていく環境と条件。その都度各セクションから投げられる要望に音響チームは淡々と応じていく。すべてにおいてコンソールのみの仮想シミュレーションとは勝手が違う。演出、舞台機構、大道具(小道具)、音楽、俳優、そしてスピーカーやマイクロフォン、I/0回線の確保といった音響側の物理的な制約に至るまで、ひとつの舞台を形成する何百ものピースの中に2台のコンソールをピタリと合わせ込まなければならない。
執筆はもちろん準備編同様、市来邦比古氏である。ベテランのサウンド・デザイナーは、立ちはだかる課題を丁寧にクリアしながら、複雑なパズルをいかにして完成へと導くのだろうか…。
コクーン歌舞伎とは
 「渋谷・コクーン歌舞伎」は、1994年に五代目中村勘九郎(故十八代目中村勘三郎)らによって「シアターコクーン」で産声を上げた。歌舞伎劇場ではない現代劇専用劇場ならではの歌舞伎の新しい姿を求めて始められたもので、初演目は今回につながる『東海道四谷怪談』であった。1996年から串田和美氏が演出を務め、椎名林檎の音楽を起用したり本水や本泥を使った大胆な演出などが評判をとった。2006年の『東海道四谷怪談・北番』では読売演劇大賞優秀演出家賞を串田氏が受賞、歌舞伎を現代劇と同じ土俵で上演したいという意図は周知のものとなり、氏の演出は現在まで続いている。

 私は2009年の第10弾記念公演鶴屋南北原作『桜姫』の現代劇版と歌舞伎版の連続上演に参加したのが最初である。この歌舞伎版では田中傳左右衛門作調による黒御簾音楽が奏でられ古典的な上演のスタイルを保った『桜姫』であったが、ラストシーンではオペラのアリアが鳴り響き、美しさと悲しみを讃えた大団円を飾りコクーン歌舞伎らしさ全開で幕を降ろした。

 その後、2011年に河竹黙阿弥 原作『天日坊』に参加。中村勘九郎、七之助兄弟を中心とした若い座組での上演として160年ぶりの演目が選ばれた。宮藤官九郎を起用した脚本により、白井晃をはじめとする現代劇の役者が大勢出演した。

 そして2016年。四世 鶴屋南北 作『四谷怪談』の再演が決まった。もちろん新演出と美術を手がけたのは串田和美氏である。2006年上演の『東海道四谷怪談・北番』をベースに、お岩・伊右衛門、お袖・直助権兵衞という2組のカップルの血塗られた物語で、赤穂浪士討ち入りを背景に時代を超えた亡霊たちと妄念に取り憑かれた伊右衛門を軸に描かれる…。

「M-5000」を操作する音楽SR担当の福留寛和氏(左)と「M-5000C」を操作するSE担当の牧野宏美氏
「M-5000」を操作する音楽SR担当の福留寛和氏(左)と「M-5000C」を操作するSE担当の牧野宏美氏
 今年の『四谷怪談』もコクーン歌舞伎らしい趣向が随所に凝らされている。時代劇ながらキャストがサラリーマン(スーツ)姿で登場したり、演ずるだけでなく時に裏方になって小道具を転換しながら幕が進んでいく。明治、大正、昭和と時代の移り変わりも見える設えで、大道具は1人あるいは2人で動かせる規模でまとめられている。こういった短時間での場面変換も串田演出独特の手法である。基本プランは2006年版『東海道四谷怪談(南番・北番)』を踏襲しているものの、場面の詳細は当然ゼロからの組み立てになるから、ここで串田演出に初めて加わるスタッフは大いに戸惑う。劇場入りが近いのに何も決まっていないように思えてしまうからだろう。しかし、遅々として進まないようでいて裏では全スタッフが先を見越して着々と準備を進めていく、串田組での仕事はそんな日々の連続だ。

通常の歌舞伎とは異なる音楽アプローチ
 まずはアンサンブルから紹介していこう。音楽を担当するのはあさひ7ヲユキ氏(音楽パフォーマンス集団「時々自動」主宰の朝比奈尚行氏の作曲ネーム)。元々は串田氏が主宰していた自由劇場の出身で、自らが劇団を率いるようになってからも多くの串田作品に音楽を提供、俳優としてもミュージシャンとしても活躍しており、2006年の「北番」も彼の手によるものであった。他にも蜷川幸雄作品やコンテンポラリーダンス作品など活躍の場は幅広い。型にはまらず常に新しい試みを模索し、「この音をどう創っていくか」という点に重きを置く方なので、私としては安心して組み合える作曲家のひとりである。

「M-5000」
「M-5000」
「M-5000C」
「M-5000C」
コンソール台のサイズと比べると「M-5000/M-5000C」がいかにコンパクトかが分かる
コンソール台のサイズと比べると「M-5000/M-5000C」がいかにコンパクトかが分かる
 氏から4月半ばに受け取った音楽プランは、トランペット、アコーディオン、サックス(アルト、バリトン持ち替え)、バイオリン、馬頭琴(イギル)+ホーメイから成るライブ演奏に、下座楽器のサンプリングとアナログシンセサイザーが加わるというもので、演出の串田氏から「楽師の位置は固定せず舞台上を動き回る」ことが朝比奈氏はもちろん我々音響チームにも伝えられていた。それでも当初は固定演奏位置のプランも一応考えてみたが、演出が進むに連れ楽師の居場所が目まぐるしく移動することは避けられない状況となった。以上から楽器はすべてワイヤレスマイクで拾い、モニターにはインイヤーモニター(IEM)を使用することの2点を軸に組み立てることとした。中でもIEMは録音された音源との合わせにクリックが不可欠となるため全面採用を確定した。

 通常の歌舞伎とは音楽プランも音響プランもかなり趣が異なるが、コクーン歌舞伎はいつも挑戦的な切り口から始まるもの。歌舞伎と現代音楽とのマッチング、しかも現代劇であったとしてもかなり大胆な音楽ジャンルからのアプローチ。さて、音響チームは舞台稽古を前に何を準備しておけば良いのか、考えるほどに楽しみが増す。

稽古風景その1 M-5000C
 どのようなライブ演奏になり、そこにどんな再生音が絡み、SEの種類はどれぐらい必要か…諸々の予想がつかない段階でまずは使用するコンソールを決めなければならないが、実はだいぶ前から心は決まっていた。本誌2016年4月号で検証を試みた「Roland M-5000C」と「M-5000」の登用である。当時から『四谷怪談』のサウンド・プランを担当することはほぼ決まっていたから、「M-5000」を音楽(楽器)SR、「M-5000C」をSEとセリフのPA(補助拡声)に使用してはどうかと一通りのシミュレーションも済んでいた。次に実際に現場をまわすオペレーター陣だが、音楽SR担当に「東京三光」所属の福留寛和氏、SEオペレーターにフリーランスの牧野宏美氏、さらに初日が開けるまでの稽古オペレーターとして堤裕吏衣氏の3名に依頼することとした。

 稽古開始に伴ってまず「M-5000C」を「シアターコクーン」の稽古場に搬入。パソコンとのUSB接続で16イン16アウトを設定できるのは卓回りがシンプルに仕上がる上、「M-5000C」は稽古で必要なインプット/アウトプットの組み上げ作業にとても重宝する。予め決められた入力数やBUSではなく入出力数やルーティングを変化させながら組み立てていけるからだ。モノラルとステレオの変更が自在なのも嬉しいところ。さらに96kHz時で最大300入力ポート/288出力ポートを128チャンネルの範囲内で、INPUT、SUBGROUP、AUX、MATRIX OUTなどのパラメーターを自由に割り当てられるのも特徴のひとつで、稽古当初は盤面の左側をマイクインプット、右側を再生系に振り分ける設定にした。

「Wisycom」のIEMシステム。「MPR30-IEM」受信機(左)と「MTK952」送信機
「Wisycom」のIEMシステム。「MPR30-IEM」受信機(左)と「MTK952」送信機
 この卓を本番で操作するのは牧野氏であり、主にSE(効果)とセリフのPA(補助)を担当する。ここで音楽SR(拡声)、FB(モニター)、SE(効果音)、セリフPA(補助拡声)、それぞれのオペレーターが担う役割について整理しておきたい。音楽SRは舞台上で発生する音楽やサウンドを高いクオリティで観客に伝えること、同時に舞台上の演奏者や歌い手などが演奏しやすいよう音を返す(FB)ことが主な作業内容で、メインあるいはハウスと呼ばれる系統のスピーカーから出る音を聴きながらミキシングする(FBは専任オペレーターがいる場合もある)。一方のSEオペレーターはひとつの音源を複数のスピーカーに振り分け、それぞれの出音のレベルを調整した上で、イコライジングやディレイなどを付加しながら空間で音を合成させて目的の音を作る。コンソールにはスピーカーと同数のAUX回路があれば自由度が増すことになる。

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