HOME > レビュー > 【麻倉怜士のCES 2017リポート】Vol.08 テクニクスとベルリン・フィル、協業の先にあることとは?
小塚 今回の交渉の中でひとつ驚いたことがありまして、先ほどのトレーニー派遣の話の際に「オーディオ・エンジニアではなく、楽器が分かる人を連れてきてくれ」と言われたんです。当初はなぜかな? と思ったんですが、私もホールの何ヵ所か違う場所でベルリン・フィルの演奏を聴かせてもらっていくうちに、場所ごとに音が違うのが分かってきた。意外だったのは指揮者の近くで、音がいいのかと思ったらそうではない。聞くと「実際にはもっと指揮者の後方、離れたところにちゃんと良いポジションがあって、そこで聴く音が一番良い」と言われたんです。結局、音は空間で鳴るものなので、その知識がないとどこで聴けば良い音なのか分からない。それと同じで「レコーディングも楽器について知らないと務まらない」ということなんですね。
麻倉 おそらくフランケさんクラスの方になると、スコアは読めるし、楽器もいくつか演奏できるだろうし、音楽大学クラスの知識を習得していて、なおかつアコースティック(音響)も勉強しているでしょうね。
小塚 まさに「近くに音楽大学があるから、受けてみたらどうだ?」といった話もありました。収録でもアーティストと対等のレベルで話せないと務まらないそうで、奥が深い世界だなと思いましたね。
さて、改めて今回のプレス発表について説明します。ひとつ目のポイントは技術的な協業についてです。具体的には「4K/HDRに対応した最先端の放送用カメラやミキサー、モニターなどの機材を納入」すること、「パナソニックおよびテクニクスの映像・音響関連機器を用いた、より高品位なコンサートホールの音再現に向けて協業」すること、「コンサートホールでのプレミアムなライブ体験を家庭や車室内で実現することを目指す」こととなります。
配信システムについてはストリーミング・パートナーであるIIJとの兼ね合いもあるので、未確定な部分があるのですが、まずは4Kの放送システムを構築することになっています。今年の7月から順次入れ、2017/2018年コンサートシーズンから4K/HDRの配信サービスを開始される予定です。
麻倉 4K/HDR配信は楽しみです。4K映像がパナソニックの4Kテレビに最適化されていて、良い画質で見られたら面白いですね。
小塚 ふたつ目のポイントが先ほどから話に出ている、エンジニアの派遣です。単にレコーディングやミキシング・スタジオに行くのではなくて、実際の一連の作業を含めて担当しますし、時間があれば、音楽大学等も含めて協業を考えています。
井谷 ベルリン・フィル・メディアも考えてくれていて、年に数回独自レーベルの作品をリリースしているので、その収録時期に合わせて来て欲しいと言ってくれたんです。そうすれば、2ヵ月のうち、半分はデジタル・コンサートホールのシステム構築について取り組むことができて、もう半分は音作りのノウハウを学ぶのに充てられます。
小塚 三つ目が機器の評価についてです。試作品を持っていって聴いていただき、意見もらってそれをチューニングや製品作りに反映していく取り組みです。
麻倉 評価するのはフランケさんだけですか?
小塚 もちろんフランケさんにも聴いていただきますが、彼のアイディアでオーディオ好きの楽団員や、フランケさんの人脈の音楽大学の方とか、他のエンジニアにも評価いただくことになっています。
麻倉 それはいいですね。
小川 先ほど車での音楽体験についての話がありましたが、これからEV(Electric Vehicle)の開発が進んで自動運転になれば、ドライバーや同乗者が移動中に別のことができるようになります。
麻倉 まさに、車は動くコンサートホール。
小川 そうなんです。でも、いまホームオーディオ用に作られている2chの音源を自動車の中で再生する場合、さまざまな信号処理を施すのですが、それでも、なかなか思うような音場を車の中で作れない。車内に動くコンサートホールを実現しようと思ったら、音源もホームオーディオ用の2chでなくて、最初から車用のマルチチャンネル音源を作ったほうがよいのかもしれない。ベルリン・フィル側もEVの世界、車の未来というものにも関心があって、協業の中には車載機についても含まれていますので、そういった今までにない面白い仕事ができるかな、と考えています。
麻倉 携帯用のハイレゾプレーヤーもよくよく考えると、空間で収録して、空間でミキシングした音源をヘッドホンで聴きくので、結局はサウンドの一面しか聴けない。そういったケースは車だけでないんですよね。だから、テクニクスが音源から関わることで、室内で聴く音源、車で聴く音源、ヘッドホンで聴く音源といったように聴く手段ごとに最適な音源を用意されて、それを楽しめるという流れが生まれたらよいと思います。
小塚 車載用機器の評価については、弊社が欧州で評価用に使っている車がありまして、それをチューニングした上で、実際に音を聴いていていただいく予定です。先ほど小川からも話がありましたが、車はオーディオ環境がかなり特殊なんですね。ステレオ再生といっても、定位をドライバーに合わせるのか、それともリアに合わせるのか、といったことでも変わってきますし、面積の大きなガラスの反射も考えなくてはいけない。走行ノイズやエンジン音、風切り音などもあります。そんな環境でクラシック音楽を聴いても、冒頭静かに始まる曲なんかは全然聴こえないんですね。
麻倉 チャイコフスキー「悲愴交響曲」第一楽章冒頭のppのファゴットなんかは、聴こえないでしょうね。
小塚 そういう車ならではの環境の違いを含めて、まずは止まった状態で聴いてもらって、車内でいい音を聴くためにどんな機器や手段があるのか、どんな音源が最適なのかといった意見を交わすことになっています。
麻倉 今回、音源制作から携わるということは本当に意義があって、今までと違った取り組みにつながると思うんです。例えば、音楽の楽しみ方には聴くことに加えて想像することもあって、従来は単にコンサートホールはアンビエント(環境音)だけを録るのに加えて、管楽器など直接音を録って新たに提案するような切り口があってもいい。それが、音源を活用する幅を広げるように思います。
小川 DVDオーディオを担当していた時に、2chワンポイント録音や直接音の録音、ミキシングなどで、楽器の生の音を体験してきました。その上で、私も指揮者の近くに立って聴かせてもらったことがあって、全然いい音で聴こえなかった。指揮者がいかに客席のことを想像しながら音を作っているんだというのを、体験して学べたんです。そんな体験をして欲しいと思っています。
麻倉 これまでのオーディオメーカーの経営者やエンジニアの多くは、音楽好きではあるけれど、決して演奏者ではない。だから、製品作りでも協業でも視点が再生側に偏りがちでした。それが、今回は小川さんが関わることで、演奏者としての視点が加わった。だからこそ、今回のベルリン・フィルと音の入り口から出口まで協業するという突っ込んだ内容にできたと思うんです。本当に素晴らしいことで、改めて感動しました。
小川 ありがとうございます。
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