HOME > レビュー > セリフに字幕を、解説は音声で。日本初のユニバーサルシアター「Cinema chupki TABATA」は、ハンディのある人も安心して楽しめる画期的な映画館
2017年11月28日/鳥居一豊
JR山手線の田端駅の北口を出て徒歩5分。料理店やスーパーマーケットが立ち並ぶ市街地にある小さな映画館「Cinema chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)」。ここは、日本初のユニバーサルシアター。目の不自由な人や耳の不自由な人、車いすを使う人、子育て中のママなど、さまざまな理由で映画館に行きづらい人たちが安心して映画を楽しめる、ひらかれた映画館だ。2016年9月1日のオープン以来、障がいを持った人々をテーマにした映画の上映をはじめ、新旧の名作などを上映している。
実はこの映画館には、AVライターをはじめ、ラジオやテレビ番組出演、さまざまなイベントなどで幅広く活躍する野村ケンジさん、アニメ『ガールズ&パンツァー』などで知られる音響監督の岩浪美和さんが関わっており、映像・音響設備のプロデュースと監修を行っている。
今回、メディアや関係者向けに『ガールズ&パンツァー 劇場版』の上映会が実施された。筆者もこれに参加し、その映像、音響を体験するとともに、劇場支配人の佐藤浩章さんと岩浪美和さんに映画館の目的や映像・音響設備についてインタビューさせていただいた。
「Cinema chupki TABATA」は、地図でその場所にたどり着いても、つい見落としてしまうほど小さな映画館で、座席数は20席、補助席を追加しても25人ほどでいっぱいになってしまう。スクリーンのサイズも120インチで、きちんと防音施工がされているとはいえ、ちょっと大きめのホームシアターと言える規模だ。使用機材も、一般的なオーディオ・ビジュアル向けの製品を組み合わせて構成されている。ところが、取材当日に上映していただいた『ガールズ&パンツァー 劇場版』が、立川シネマシティの"極上爆音上映"をそのまま持ってきたような大迫力の音響を楽しめたのだから驚きだ。
まずは劇場支配人の佐藤浩章さん、音響監督の岩浪美和さんに「Cinema chupki TABATA」の設立から話を聞いた。
佐藤 「この映画館は、バリアフリー映画鑑賞推進団体「City Lights」というボランティア団体が運営母体となっています。2001年から目の不自由な人たちとともに映画鑑賞を楽しむために、言葉による映像の解説(音声ガイド)を手がけるなどのサポート活動をしてきました。そしていよいよ2016年にこの映画館をオープンしたのです。せっかくの映画館ですから、誰もが安心して映画を楽しめる場所にしようと考えました」
バリアフリー映画館ということもあり、上映はすべて字幕付き。各座席にはヘッドホン端子が備わっていて、手持ちまたは貸しだしのイヤホンを使って音声ガイド付きで鑑賞できる。音声ガイドも運営スタッフによる手作りのもので、『ガールズ&パンツァー 劇場版』では、秋山優花里役の中上育美さんによる録りおろしとなっている。
座席は中央に通路があり、車イスでの移動も自由にできる。もちろん、入り口から館内、トイレにいたるまでバリアフリー設計となっている。さらには子連れのお母さんが来場したとき、子供や赤ちゃんが泣いてしまったときのために親子鑑賞室も用意されており、防音構造の別室から上映を楽しむこともできるようになっている。
こんな心配りの行き届いた映画館は、実はクラウドファンディングを使った支援者からの募金で完成した。集まった募金は1880万円。バリアフリー設計や防音施工、そして映像・音響のための設備を考えると決して潤沢とは言えない予算のなかで、最高の映像と音を実現するために参加したのが岩浪美和さんだ。
岩浪 「佐藤さんとは知人を通じて知り合いまして、このような素晴らしい映画館のための音響と映像システムの設計をお手伝いすることになりました」
映像と音響のための機材は、業務用機器ではない民生用の機材から選ばれている。業務用機器ではコスト負担が大きいからだ。一方、安価な製品も多い民生用の機器は、映画館のように1日中フル稼働すると、故障が発生しかねないなど信頼性の不安があるが、映画館自体がコンパクトということもあり、過大な音量を出す必要がないので、故障などのトラブルは発生していないとか。ただし、上映で使用するプロジェクターのランプは、オープンから1年足らずでランプ交換が必要になったとか。こればかりは1日に複数回、しかも休館日の水曜日以外は連日上映しているのだから仕方ないだろう。
岩浪 「森の中にいるような癒される空間をイメージし、シームレスな包まれる感じの音に仕上げました。目の不自由な人にもやさしい音と言っていただくなど、好評なようで安心しました」
こんな優しさに包まれた映画館は、ユニバーサルシアターにふさわしい内容の作品を中心に、1か月ごとにテーマに沿って上映を行なっている。仮にあまり人気がない作品だったとしても途中で上映を打ち切ったりはしない。期間内であれば必ず見られるというのは、誰かの手を借りないと映画館に行くのが難しい人にとっては安心だろう。
それだけに、運営も苦しいという。ましてや、音声ガイドなどの制作も自前で行なっているので、そのあたりも含めてスタッフの苦労は多いそうだ。
佐藤 「音声ガイドは今年になって大手の映画会社を中心に制作されることが増えてきていますが、まだまだ数はわずかです。インディペンデント系では字幕がないことも多いです。障害を持つ人のための音声ガイドや字幕の作成は欧米では法律で規定されていることもあり、かなり普及が進んでいますが、日本はまだまだ遅れています。我々のようなボランティア団体の活動によるものだけでなく、ここをきっかけにさらに広がっていってほしいですね」
ちなみに、「Cinema chupki TABATA」の来場者は、健康な人が9割を占めているとか。バリアフリー映画館というと、障がいのある人のためのものと思いがちだが、すべての人にひらかれた映画館なので、気にせず足を運んで欲しいという。また、障がいのある人たちが訪れていると、見ず知らずの健康な人が移動を手伝ったり、帰り道では駅まで同行してくれたりと、自発的な助け合いの場面が見られたそうだ。
余談だが、『ガールズ&パンツァー 劇場版』や『この世界の片隅に』などのアニメのヒット作は満員御礼で予約がとれないほどの大ヒットを記録したとか。これは、オリジナルで制作される音声ガイドも人気の秘密だという。出演した声優の協力を得やすいこともあるし、声優さんによってはノーギャラで参加したいと言ってくる人もいるそうだ。ちなみに上映前にイヤホンで案内されている音声チェック/ガイドの声は小野大輔さん。小野さんもこの劇場の取り組みに賛同している協力者のひとりという。
さて、今度は「Cinema chupki TABATA」の映像と音響設備について、岩浪美和さんにくわしく話を聞いてみることにしよう。家庭用ホームシアターに応用できることが盛りだくさんなので、関心のある人には、参考にしていただきたい。
まずは使用を機材を紹介。スクリーンは120インチで、プロジェクターはJVCの「DLA-X750R」(生産終了。参考・定価¥900,000税抜)。上映用のBDプレーヤーはオッポデジタルの「BDP-103DJP」(生産終了。参考・発売時の実勢¥90,000前後)を使っている。
スピーカーは、7.2.4構成で、メインスピーカーは11個すべてがDALI(ダリ)の「OPTICON 1」(¥112,000ペア、税別)。そこにサブウーファーとして、Bowers & Wilkins (B&W)の「ASW610」(生産終了。参考・定価¥100,000)とELACの「SUB2090」(定価¥500,000税別)の2台となる。サラウンド再生のためのAVアンプはデノンのAVR-6300H(定価¥280,000税別)だ。このほか、各席に配置された音声ガイド用のヘッドホン出力のために、タスカムの8chヘッドホンアンプが3台用意されている。接続のためのケーブル類はサエクコマースのものなどを使用。
岩浪 「音声ガイドはFM波を使う方法もあるのですが、音質が悪いのですべて有線です。配線ケーブルはオヤイデ電気に特注してきちんと長さも揃えています。そのため、音声ガイドは最前列がもっとも高音質です(笑)」
これらは、「Cinema chupki TABATA」の主旨に賛同したメーカーが協力してくれている。無料提供あるいはそれにちかい価格なのだとか。このあたりで、メーカーとの橋渡し役として活躍したのが野村ケンジさんだ。
機材を見ると、決して高級な機器ではないことがわかると思う。しかし、出てくる音はその予想をはるかに超えるものになっていた。そのチューニングを行った岩浪さんに、その極意を聞いてみた。
岩浪 「森の中のようなシアターのイメージということで、360度から音が降り注ぐシームレスな音場として、ドルビーアトモスやDTS:Xなどの立体音響を選びました。すべてのスピーカーを2ウェイのコンパクトなものにしたのは、音の統一感を高めるためです。ホームシアターでは前方に大きなスピーカーを置きがちですが、見た目も含めてバランスが悪くなってしまうことが多いです。」
この手法はホームシアターにもそのまま応用できるだろう。サラウンドスピーカーやトップスピーカーは天井または壁から吊り下げて設置されているが、こうした設置もホームシアターでも実現可能な方法だ。
岩浪 「スピーカーにダリを選んだのは、スタジオで使うモニタースピーカーと同じヨーロッパ製のものが音としても好ましかったからです。点音源に近い小型スピーカーなので定位もよく、各スピーカーの音色が揃って、音場感に優れた空間を造ることができました。小さなシアターならではの方法ですね」
劇場となる空間は防音のための施工は行っているものの、元々事務所向けの物件で決して音響的に優れた空間ではないそうだ。このあたりも条件は、リビングなどで実現するホームシアターと同様だろう。
岩浪 「スピーカーの数を増やしたことで、直接音主体のバランスとして部屋の不要な響きの影響を減らしています。定在波の影響やコーナーなどの音のたまりやすい場所の対策を行うことも大事ですね」
スピーカーの数が増えると設置は大変になるが、チャンネル数が増えることもメリットは大きいようだ。そして、定在波対策では左右の壁面にはコルクボードが貼られている。これによる音の吸収や拡散で定在波の影響を低減している。前方の壁面にはスピーカーの裏にガーデニングで使う木枠を置くなどの対策を加えている。左右の壁の上の方にある反射材はホームセンターで手に入る枝材をそれらしくまとめたもの。身の回りにあるものを活かした音響対策が施されているので、どこを見ても参考になる。このほか、ヤマハの調音ボードをスクリーン側の左右に配置している。
こうした音響対策は森の中をイメージした装飾も兼ねており、ほとんどが手作りとは思えないほどよく出来ている。深いブルーの壁の塗装やシート、人工芝を敷いた床も配色を含めて心地良い空間になっている。
筆者が一番気になったのは、機器による音響調整だ。初めてここを訪れたときは、アンプやDSP(サラウンドプロセッサー)については測定を含めて業務用機器を使っていると確信していたほど。だが実際はデノンのAVアンプだ。
岩浪 「AVアンプが備える自動音場補正にはあまり頼っていません。すべてのチャンネルごとにイコライザー機能で補正しています」
ずばり、自分の耳で補正し調整した。ということなのだが、一般的なAVアンプのイコライザー機能でここまで調整できるというのは、正直驚異的だ。自動音場補正にあまり頼っていないのは、マイクの測定位置(=視聴位置)となるので席数の多い映画館では良い音が得られる範囲が狭くなりがちという理由もある。一般的な家庭環境では自動音場補正も有効なので、うまく使いこなしてやりたいところだ。
岩浪 「各スピーカーの音量は、音圧計で確認しています。高価な測定器を使わなくても、今はスマホアプリで便利なものがありますからそれを使うといいですよ」
岩浪さんが自分のスマホに音圧の測定やスペクトラムアナライザーのアプリを入れており、これらを使って調整に役立てたという。これは映画館の音の監修などでも使っているそうだ。
岩浪 「スペクトラムアナライザーでホワイトノイズを出力して、室内の周波数特性を見てみると、特定の帯域に出っ張りがあるのがわかりますから、それをAVアンプのイコライザーで抑えていきます。逆にへこんでいるところもありますが、そこを持ち上げることはしないのがコツです」
スペクトラムアナライザーは、測定器を使ったほうが精度は高いが、一般の家庭ならばそこまでしなくても目安になれば十分だという。部屋の音響特性の補正についても、過剰な部分(ピーク)を抑え、へこんだ部分(ディップ)はいじらないというのも、かなり参考になると思う。AVアンプを使っている人ならば、スマホ用のスペクトラムアナライザーのアプリを使ってすぐに挑戦できるのでぜひとも試してみてほしい。
最後に、『ガールズ&パンツァー 劇場版』のような音を家庭で実現するための極意について聞いてみた。
岩浪 「家庭では近所迷惑など騒音の問題がありますから、極爆の音量は厳しいかもしれません。とはいえ、サブウーファーを奮発すると効果は大きいですよ」
実は、「Cinema chupki TABATA」でサブーファーにELACの「SUB2090」を追加したのは、ガルパンのためだとか。ポイントは大口径のユニットを搭載し、スピードの速い低音が出るモデルを選ぶこと。これは大きな参考になるだろう。ちなみに、『この世界の片隅に』も、ガルパンと音量以外は同じセッティングだったそうで、決して爆音映画ではないが、空襲の場面で臨場感のある音が出て、好評だったという(リアルすぎて怖かったという声もあったとか)。
岩浪 「ELACのSUB2090は密閉型ということもあり、反応速度が違いますね。映画館の設定でもLPF(ローパスフィルター)のカットオフ周波数を100Hzとして、かなり下の帯域までしっかりと出るようにしています」
このように、「Cinema chupki TABATA」にはホームシアターのために参考になる要素もたっぷりと詰まっている。よくできた映画館の音は立派なものだが、家庭用の機器でもそれに迫る音は実現できることがわかるだけで、ホームシアター派にとっては心強い存在となるはず。自宅のホームシアターの音がいまひとつ満足できない、もっと映画館のような音が出したいという人ならば、そのヒントがたくさん見つかるはずだ。
正面のサブウーファー。左がELACの「SUB2090」で、中央のラックの上にあるのがBowers & Wilkins (B&W)の「ASW610」。ラックの中には、音声ガイド端子用の分配器が収められている
12月の上映スケジュールは次の通り。タイトル名をクリックすると、詳細ページに移動できる。興味のある作品があったら、ぜひとも足を運んでいただきたい。
12月1日(金)~9日(土)
●『第1回 シネマチュプキ・ショートフィルム・コンペティション』
12月1日(金)~29日(金)
●『素晴らしき哉、人生!』
●『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(日本語吹替版)
●『ユーリー・ノルシュテイン監督特集上映 ~アニメーションの神様、その美しき世界~』
●『スモーク』
12月11日(月)~29日(金)
●『カンタ!ティモール』アレックス追悼上映
また、「Cinema chupki TABATA」は、シアターの貸し出しも行なっている。イベントや同好の仲間うちでの上映会などのための「まるごと箱借りプラン」は、1時間:7500円、2時間:1万5000円、3時間:2万2500円。上映や音響機材のオペレーションについてはスタッフがサポートしてくれる。上映素材は持ち込みとなるが、権利処理などは主催者の責任となるので商用作品の上映は注意が必要。
そして、上映可能な作品から選んで上映する「上映会おまかせプラン」もある。これらは上映素材や機器一式の準備、オペレーションまですべてスタッフがやってくれる。上映可能な作品から選ぶことになるが、権利処理の必要もない(映画館側が代行する)。
自分がよく知る映画などで、「Cinema chupki TABATA」の映像と音を味わいたいという人は仲間を募って、これらのプランを利用するのもいいだろう。
障がいを持った人のためのバリアフリー映画館という日本ではまだほとんど例のない試みも素晴らしいし、ホームシアターの役に立つ数々のノウハウが詰まった映画館として、実に価値のあるものだと思う。まずは一度足を運んで、音響のプロが調整すると、家庭用の機器でもこれだけの音が出るという事実に驚いてみてほしい。
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