HOME > レビュー > 【麻倉怜士のCES2018レポート17】新生テクニクスの旗艦モデル「SP-10R」、「SL-1000R」の開発ポイントを聞いた
パナソニックは今年創業100周年を迎える。CES2018では、ジャンルを問わず力の入った製品を多数展示していたが、この嚆矢がテクニクスブランドの旗艦ターンテーブル「SP-10R」、アナログプレーヤー「SL-1000R」。メディアを大いに賑わせてくれた両モデルの開発について、パナソニック テクニクスブランド事業担当の執行役員 小川理子氏と、テクニクスCTOの井谷哲也氏を、麻倉さんが直撃した。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
――いよいよ、テクニクスの旗艦モデルとも言うべき「SP-10R」と「SL-1000R」が発表されました。昨秋のIFAでは100万円未満というコメントをいただきましたが、それを大きく越えて、価格は(も)へビー級になりました。
小川理子(以下、小川) どうせやるのなら、世界最高峰を狙おうと思って開発を進めてきた結果です。ブランドを復活させてから、「SL-1200GAE」や「SL-1200G/GR」と発売してきて、いろいろな知見も蓄えてきたことで、いまできる最高のチャレンジをした製品にまとめました。
麻倉 特にこだわった部分というのは?
井谷哲也(以下、井谷) 全部ですよ(笑)。新作のSL-1200シリーズを発売した時に、そのモーターを使って、往年の「SP-10」のようなダイレクトドライブ(D.D.)のターンテーブルを作ってほしい、という要望をたくさんいただいたんです。D.D.にはD.D.のよさがあるし、自分でもSP-10を使っていて音の傾向は把握していましたから、それを踏まえて、さらにハイエンドな商品を開発したらどうなるんだろう......と思って形にしたのが、今回のモデルになります。現行のSL-1200と同じ方向性で、レゾンナンス(共振、共鳴)を排し、カチッとローエンドまで音を出すように設計しています。
昔と違うのは、トーンアームベースがターンテーブル本体底面のアンカーポイントで連結されていて、メカニカルグラウンドが同じになっている点です。トータルでの音づくりを突き詰めていった結果、の構造です。
麻倉 今は強靭なシャーシやインシュレーターがありますから、一体型のほうがメリットはある、ということでしょうか。
井谷 そうですね。それから、強いて言えばD.D.式だけあって、モーターがこの製品のキモになると思います。最高の製品を目指しても、アナログレコードの直径30センチというディメンジョン(大きさ)には縛られるわけですし、旧SP-10MK2/MK3との互換も確保したかったので、まずはその決まりごとの中で(ターンテーブルの)イナーシャー(慣性重量)をなるべく大きくするために、ターンテーブルそのものの重さを決めて、それを駆動するためのモーターの必要トルクを計算して......という設計の結果、SL-1200に使ったものをダブルコアにする手法にたどり着きました。
麻倉 反響は?
小川 すごかったですね。昨年のIFAでは開発発表をしただけだったんですけど、ディーラー(販売店)さんからは早く商品を発売してほしいという要望をたくさん受けました。
井谷 SL-1200の開発時に最初に作ったモーターはコアレス仕様だったんです。真ん中にコアレスのコイルを置き、その上下をマグネットのローターで挟む形です。今回は、コイルの下にさらにもう一層コイルを配置して磁力を増すように設計しているんです。上下で60度、コイルの配置をずらしているので、トルクの変動を減らすことができるのに加え、単純に強度も増します。結果、(モーター部分の)振動を大幅に低減させることができ、音質の向上につなげられました。
さらに、モーターの軸受け部分はかつては板金を使っていましたが、今回はターンテーブルの重量が増すことが分かっていたので、共振を排するためにも、削りだしのプレートにしているんです。それも静粛性にはすごく効果がありました。
麻倉 見た目にも説得力がありますね。
井谷 そうそう、今回は電源ユニット(コントロールユニット)も別筐体にしているんです。電源はアナログでなく、スイッチング電源です。アナログ電源はトランスから発せられる振動(うなり)が音に悪影響を与えますので。ただし、スイッチング電源にはノイズ輻射という別の問題がありますので、ノイズを除去する特殊な回路を搭載して対処しています。結果、ノイズも振動も減らすことができました。電源周りは何をしても音に影響する部分ですので、製品化へ向けて、未だにチューンしています。
麻倉 プラッターも相当重たいですね。
井谷 はい、イナーシャーを上げるために比重の大きいタングステンを円筒状に加工して12ヵ所、埋め込んでいます。鉄の2.5倍ほどあるので、より大きなイナーシャーを稼げています。難点は硬度が高くて加工しにくいことです。その対策としてパナソニックグループの、パナソニック ライティングデバイス社の協力を得ています。かつては松下電子工業という社名で、蛍光灯や白熱電球を扱っていた会社です。白熱球のフィラメントに使われているタングステンの加工を行なっていましたから、我々に要望にも的確に答えてくれています。
麻倉 プラッターにタングステンを使うのは珍しいのでは?
小川 音響製品に使用するのは、おそらく世界初だと思います。音も、タングステン品とそうでないものを聞き比べると、まったく違うのが分かります。
麻倉 土台部分はどうなっているのでしょう?
井谷 アルミの切削です。そこも共振対策でアルミを採用しています。
麻倉 トーンアームも新設計ですね。
井谷 はい。SL-1200では9インチ長でしたが、SL-1000Rでは10インチ長にしてあります。
麻倉 今回、出力端子はDINになっていますが、この理由は?
井谷 欧州のハイエンド市場ではRCAよりもDINのほうが好まれるので、採用しました。バランス出力にも対応できます。ケーブルについては、アームベースの下に出すと、ベースが重たくて配線がたいへんなので(笑)、横出しにしています。
麻倉 音のチューニングはSL-1200とは違いますか? 1200では、どちらかと言えばCD的なサウンドに聴こえました。
井谷 まったく違います。
小川 そこは、私からご説明しましょう。楽器の音を楽器らしく奏でることを目標に、音づくりをしていきました。結果、高調波の出方がまったく異なっていて、たとえるなら、生々しさ、瑞々しさを狙ったサウンドになっています。ノイズレベルを低く抑えていることが効いているようで、聴いてすぐに分かる部分ですね。
麻倉 真空管的な倍音音と言えそうですね。
小川 今回、リファレンスを目指して開発してよかったと思いました。というのも、最高レベルの音を掲げて開発をする過程で、当初はデジタル、アナログの区別をしていなかったんですが、今回、アナログをベースに物事を進めていくことで、最高の音ができる可能性が見えてきたからです。結果として、デジタルでの最高の音もこうすべきだという方向性が分かって来ました。
麻倉 アナログを突き詰めることで、デジタルの可能性にも気付いた。
小川 まさにそうなんです。すごく大きかったですね。いままでは、素晴らしい音源を聴いても、そこで楽器が鳴っているという再現はできていなかったんです。しかし、今回の製品では、生で(そこで)楽器が鳴っている感覚を再現できる音が出せるようになりました。
麻倉 それはすごい進化ですね。
小川 楽器の音色の深みというか滑らかさまでが再現できて、もっとこうしたいと思っていたことが出来上がってきたなという感覚です。
麻倉 ハイレゾと言っても、結局はデジタルという範疇の中でのよさであって、実は目指しているものは、最高のアナログの音だったりするわけですよね。デジタルだけではなかなかそこまで到達するのは難しいんだけど、逆にアナログをベースに音を突き詰めていくことで、最高の音にたどり着く可能が拓けてくる。それを目指して行った先にある音を、テクニクスのキャラクターにして、それを今度はデジタルにも広げていくことが、必要になると思います。デジタルをベースに物事を進めると、うまくいかない部分も出てくるけど、アナログをギュッとやることで、その先が見えてくる、ということですね。
小川 まさにその通りです。今、デジタルを開発しているスタッフには、SL-1000Rの音を聴いてものすごいプレッシャーが掛かっているんです。時流として、音源のデジタル化は変えられないと思うんですけど、これからどういう方向性でデジタルをやっていくんだということについては、アナログ的な手法を取り入れていく必要があると思いますね。
麻倉 デジタルの中からデジタルの将来っていうのを考えるのは難しいけど、アナログをベースにすると、目標がクリアーになっていく気がしますね。事業としても、テクニクスの音づくりにしても。
小川 アナログで物事を考えることは、幅が広がりますね。裾野が分かれば(広がれば)分かるほど高いところに行ける、という感じがします。
麻倉 音づくりという面で考えると、その究極はどこに置いているんでしょう?
小川 一言で言うのは非常に難しいですが、一つの目標として取り組んでいるのが昨年来協業を行なっているベルリンフィルです。
麻倉 それはすごい。ベルリンフィルのサウンドが、テクニクスの音づくりに活かされてくる、と!
小川 その通りです。ただ、すぐに結果は出ないかもしれませんが、人材育成という形でベルリンフィルの音を、アンプ/スピーカー/電源などの開発を担う若手に体験させて、知見を広げるトレーニングをしているところです。そうした活動は継続してやらないといけないとも思っていて、徐々にではありますけど、人材のレベルアップには結びついていると感じています。結果、生演奏(本物の音)をどういう風に再生すればいいのかということが、少しずつ分かってきました。
麻倉 それは素晴らしい! ハードが分かっている人にアナログの経験を積ませて、トータルでベルリンフィルの世界を再現する。逆に、彼らに来日してもらってアドバイスを受ける、というのはどうなんですか?
小川 実はそうした活動も行なっていて、トーンマイスターのクリストフ・フランケさんとは定期的に会って、どうすればベルリンフィルの音場感が再現できるのか、という議論を一緒にやっているんです。
麻倉 では、これから発売されるテクニクス製品では、トータルでベルリンフィルの魂(音)が再現できるようになる、と。
井谷 はい、それを狙っています。これからさらに様々な商品の開発も控えていますので、ご期待ください。
麻倉 それは楽しみですね。ぜひ、ベルリンフィルの知見を活かした製品に期待しています。
小川 フランケさんが扱っているのは、まさに音の最上流です。我々は、彼らが作り上げた音を、人々に伝えるインターフェイスとなる部分――スピーカー、アンプ、プレーヤー――を担っているわけですから、最上流のプロセスを知ることは、最後のアウトプット部分の製品づくりに大きな刺激になっています。コンサートホールではなく、住空間でのサウンドの聴かせ方について、もっともっと研鑽を積んでいきたいです。
麻倉 ベルリンフィルとの協業を通じて、21世紀のテクニクスサウンドの創造につなげていってほしいと思います。今日は、ありがとうございました。
井谷 小川 ありがとうございました。
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